プルタルコス · Plutarch
ファビウス・マクシムス伝
Life of Fabius Maximus
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底本
Plutarch. Plutarch's Lives, Vol. III. Perrin, Bernadotte, editor. Cambridge, MA: Harvard University Press; London: William Heinemann Ltd., 1914.
原文データ出典
Perseus Digital Library · CC BY-SA 4.0
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要旨
本作は、第2次ポエニ戦争においてカルタゴの将軍ハンニバルの脅威からローマを救った、名将ファビウス・マクシムスの生涯を描いた歴史伝記である。物語は彼の静かな幼少期と家系の紹介から始まり、執政官としてリグリア人へ勝利を収める初期の活躍が描かれる。トラシメヌス湖畔の戦いでローマ軍が壊滅的な打撃を受けると、ファビウスは独裁官に任命され、決戦を避けて敵を消耗させる「持久戦」の戦略を徹底する。この消極的な戦術は当初、市民や副官からの激しい非難と嘲笑を浴び、カンナエでの大敗などを招いた急進派の暴走を許すものの、やがて彼の知恵と冷静さこそがローマ救国の鍵として再評価される。後半では、タレントゥム奪還における計略や寛大な統率力が描かれ、彼の人間的な偉大さが浮き彫りになる。晩年には、カルタゴ本土への直接遠征を主張する若きスキピオの積極策に強く反対するものの、その遠征が勝利に終わる結末を見届けることなく病没し、市民から「人民の父」として深く惜しまれながら葬られる。
目次
27 チャンク
引用方式:chapter.section
- §1.1-1.5
ファビウス氏族の起源とマクシムスの少年期
著者はペリクレスからローマのファビウスへと叙述を移し、その氏族の起源について語る。そしてファビウス・マクシムスの少年期の性格と、彼の静けさが当初は愚鈍さとして誤解された様子を記述する。
- §2.1-2.5
リグリア人への勝利とハンニバル侵攻への対応
ファビウスの最初の執政官期におけるリグリア人への勝利と、ハンニバル侵攻後の不吉な予兆を前にしたフラミニウスとファビウスの対照的な反応、およびファビウスが唱えた持久戦の戦略が描かれます。
- §3.1-3.6
トラシメヌス湖畔の敗戦と独裁官の選出
フラミニウスは警告を無視して進軍し、トラシメヌス湖畔の戦いで激しい地震に気付かないほどの激戦の末に戦死、ローマ軍は壊滅した。この未曾有の危機を受け、ローマの民衆は強大な権力を持つ独裁官にファビウス・マクシムスを任命することを決意する。
- §4.1-4.5
ファビウスの独裁官就任と神々への誓約
ファビウスは独裁官に就任して元老院に馬の使用を請願し、執政官に対して自らの権威を示した。さらに、彼は敗北の原因が前将軍の不信心にあるとし、民衆を勇気づけるために神への大規模な誓約と祝祭を執り行った。
- §5.1-5.6
ファビウスの持久戦略とミヌキウスの反発
ファビウスは持久戦によってハンニバルを消耗させる戦略を採るが、その消極的な姿勢は味方から軽蔑され、騎兵長官ミヌキウスらから激しい非難と嘲笑を浴びる。しかし、ファビウスはそれらの非難に動じることなく、自らの信念を貫く。
- §6.1-6.7
火牛の計によるハンニバルの包囲網脱出
案内人の道間違いで窮地に陥ったハンニバルは、二千頭の牛の角に火のついた薪を縛り付けて夜間に放つという奇策を用い、峠を塞ぐローマ軍の守備隊を驚かせて敗走させ、包囲網から脱出する。
- §7.1-7.5
ファビウスへの非難と私財による捕虜の買い戻し
ファビウスはハンニバルの火牛の計を見破りつつも、敵の突破を許したことや内通の嫌疑でローマの民衆や元老院から非難を受けますが、自身の土地を売って捕虜交換の資金を調達し、高潔な態度を示します。
- §8.1-8.4
ミヌキウスの命令違反と小勝利によるファビウスへの非難
ファビウスはローマへ一時帰還する際、ミヌキウスに交戦を避けるよう厳命したが、ミヌキウスはこれに背いて敵を攻撃し部分的な勝利を収めた。この結果、ローマではミヌキウスへの賛辞が高まり、ファビウスは非難にさらされることになった。
- §9.1-9.4
ミヌキウスへの同等指揮権の付与
ファビウスがミヌキウスを処罰しようとしたことでローマ市民に動揺が広がり、護民官メティリウスは彼の権力を制限することを提案した。その結果、ミヌキウスに独裁官と同等の軍事指揮権が与えられ、これはローマ史上極めて異例な事態となった。
- §10.1-10.5
軍の分割とミヌキウスによる単独指揮の決定
ファビウスは地位の引き下げに動じず、大衆の思慮のなさによる危機を憂いながらも、ミヌキウスと軍を二分してそれぞれが一部を指揮することにした。
- §11.1-11.4
ハンニバルの伏兵と包囲されるミヌキウスの軍
ミヌキウスはファビウスと分かれて単独で陣を敷くが、ハンニバルの巧みな囮作戦と伏兵によってローマ軍は完全に包囲され、絶体絶命の危機に陥る。
- §12.1-12.4
ファビウスによるミヌキウスの救援とハンニバルの退却
ファビウスはミヌキウスの危急を察知して救援に赴き、味方を奮起させて敵を敗走させた。ハンニバルはファビウスの健闘を見て撤退し、彼を嵐を呼ぶ不気味な雲に例えて評した。
- §13.1-13.5
ミヌキウスの謝罪とファビウスとの和解
戦闘後、ファビウスは傲慢な態度を取らずに退却した。自らの非を悟ったミヌキウスは、過ちを認めて独裁官ファビウスの指導下に入ることを全軍に宣言し、ファビウスの陣営を訪れて彼を「父」と呼んで劇的な和解を果たした。
- §14.1-14.5
執政官ウァロの台頭とパウルスへの激励
ファビウスは辞任し、後任の執政官たちが選出される。無謀な執政官テレンティウス・ウァロが大規模な軍隊を率いて急進的な決戦を望む中、ファビウスはもう一人の執政官パウルス・アイミリウスを激励して、ウァロの暴走を食い止めるよう促す。
- §15.1-15.3
カンナエでの戦闘準備とハンニバルの冗談
ウァロは自分が指揮権を持つ日にカンナエ付近で戦端を開く合図を掲げる。ハンニバルは偵察中にギスコンに冗談を言って周囲を大笑いさせ、これがカルタゴ兵たちを大いに勇気づけた。
- §16.1-16.8
カンナエの戦いでの壊滅とパウルスの戦死
カンナエの戦いにおいてハンニバルは巧みな地形と隊列の計略によりローマ軍を包囲・殲滅し、敗北を悟った執政官パウルスはレントゥルスにファビウスへの遺言を託して戦死する。
- §17.1-17.5
ハンニバルの躊躇とファビウスへの再度の依存
カンナエでの大勝利の後、ハンニバルが直ちにローマへ進軍しなかった躊躇について述べ、その結果としてローマが再びファビウスの知恵と冷静さに国家の存続を託し、窮地を脱する様子を描く。
- §18.1-18.5
市内の秩序回復と敗将ウァロの帰還
ファビウスはローマ市内の秩序回復のために逃亡阻止や服喪期間の制限、祭儀の中止などの措置を講じた。また、敗戦から帰還した執政官ウァロを、元老院と市民は温かく出迎え、彼の再起を称賛した。
- §19.1-19.6
マルケルスとの連携とハンニバルの罠の回避
ローマが再起してマルケルスとファビウスを派遣し、二人の対照的な戦術がハンニバルを苦しめる。ハンニバルはファビウスを欺こうとしてメタポンティオンの偽書を用いた罠を仕掛けるが、不吉な鳥の兆しによりファビウスは難を逃れる。
- §20.1-20.6
ファビウスの寛容な統率と兵士たちの心服
ファビウスの温和な統率方針が描かれ、離反を企てたマルシ人兵士と、恋愛のために陣営を抜け出していたルカニア人兵士の二人の具体例を通じて、彼が罰ではなく寛容と配慮によって人々の心を掴み更生させた様子が語られる。
- §21.1-21.4
タレントゥム奪回に向けた謀略と守備隊長の調略
ファビウスによるタレントゥム占領の経緯が語られる。タレントゥム人の若者が、姉妹とブルッティウム人の守備隊指揮官の恋愛関係を利用して城内に潜入し、指揮官を説得して寝返らせることに成功したという話と、その女性が実はファビウスの愛人であったという異説を紹介する。
- §22.1-22.6
タレントゥムの奪還と内通者の虐殺
ファビウスは陽動作戦によってハンニバルを誘い出し、内通者を利用してタレントゥムを占領するが、その事実を隠蔽するために内通者たちを虐殺し、略奪を行う。
- §23.1-23.3
ファビウスの凱旋式とリウィウスへの機知ある返答
ハンニバルはファビウスのタレントゥム奪還を前に敗北を認め、ファビウスは二度目の凱旋式を挙行する。一方、砦を守り抜いたリウィウスが自分の功績を主張すると、ファビウスは機知に富んだ返答で彼をいなす。
- §24.1-24.4
執政官となった息子への敬意とその死
ファビウスの息子が執政官になり、ファビウスは公私の秩序を重んじて息子の官職の権威に敬意を示す。また息子が死去した際、彼は悲しみを耐え抜き、広場で追悼演説を行った。
- §25.1-25.5
スキピオのアフリカ遠征計画に対するファビウスの反対
スキピオがカルタゴ本土への遠征を計画して民衆を駆り立てるのに対し、ファビウスは国家を危機に陥れるものとして激しく反対し、同僚執政官のクラッススをも動かそうとする。
- §26.1-26.5
スキピオの軍備制限と戦果への執拗な反対
ファビウスはスキピオの遠征への若者の参加を妨げ、動員をシチリアの軍勢と少数の精鋭のみに制限させる。その後、スキピオがリビアで大勝利を収めたという報告が届いても、ファビウスは後継者の派遣を要求し、ハンニバルの脅威を誇張して市民を不安に陥れる。
- §27.1-27.2
ファビウスの病没と市民による追悼の埋葬
スキピオがカルタゴを破って国家の危機を救った一方、ファビウスは戦争の結末を見届けることなく病没し、ローマ市民から「人民の父」として深く惜しまれながら葬られたことを語る。
