プルタルコス · Plutarch
プブリコラ伝
Life of Publicola
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底本
Plutarch. Plutarch's Lives, Vol. I. Perrin, Bernadotte, editor. Cambridge, MA: Harvard University Press; London: William Heinemann Ltd., 1914.
原文データ出典
Perseus Digital Library · CC BY-SA 4.0
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要旨
本書は、ローマの王政廃止から初期共和政の確立期にかけて活躍した政治家、プブリコラ(ウァレリウス)の生涯と功績を描いた歴史伝記である。物語は、タルクィニウス王の追放後の混乱と、王政復古を企む陰謀をウァレリウスが暴く場面から始まる。執政官となった彼は、単独支配を恐れる民衆に対して自らの権力を謙虚に示し、数々の民主的な法律を制定したことで「民衆の友」を意味する「ポプリコラ」の尊称を得る。その後、エトルリア王ポルセナの侵攻やサビニ人との激しい戦争に対して、彼は優れた軍事指揮と外交手腕、そしてローマ市民の勇気を率いて国家の危機を救う。最終的に、ポプリコラは市民から深く愛され、公費によって手厚く葬られた。本作は、個人の徳と献身が新興の共和政ローマをいかに支えたかを活き活きと描き出している。
目次
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- §1.1-1.5
ウァレリウスの出自と王政追放への貢献
ソロンに比較されるプブリコラ(ウァレリウス)の出自と、ローマの王政廃止および共和政への移行初期における彼の活動、そして彼が共同執政官の選出を逃した経緯を説明する。
- §2.1-2.3
ウァレリウスの引退と誓約による忠誠の証明
ウァレリウスは信用されないことに怒り公務から退くが、ブルトゥスの促した誓約式で率先して誓いを立て、さらにタルクィニウスの使節が民衆を惑わすのを防ぐことで忠誠を示した。
- §3.1-3.4
財産返還要求とタルクィニウス派の陰謀
タルクィニウスの使節が財産の返還を要求し、ローマ人たちは平和維持のためにそれを認めるが、その要求の裏では、アクィッリウス家やウィテッリウス家、さらにはブルトゥスの息子たちをも巻き込む陰謀が進行していた。
- §4.1-4.4
血の誓約による陰謀と奴隷ウィンディキウスの目撃
若者たちとアクィッリウス家の人々は、恐ろしい生贄の誓いのもとに執政官暗殺を謀るが、奴隷ウィンディキウスがそれを目撃する。ウィンディキウスは誰に告発すべきか苦悩した末、市民に慕われるウァレリウスのもとへ向かう。
- §5.1-5.2
陰謀の手紙の押収と関係者の広場への連行
ウィンディキウスから陰謀の報告を受けたウァレリウスが、使節の滞在先から陰謀を証明する手紙を力づくで押収し、関係者を広場へ連行する様子を描く。
- §6.1-6.4
ブルートゥスによる実子たちの処刑
ブルートゥスは自らの二人の息子に対し、謀反の罪で死刑を宣告し、自らの目の前で刑を執行させる。この非情とも言える決断に対し、筆者は人間を超越した徳か、あるいは底知れぬ無感覚によるものとしつつも、彼の共和政樹立の功績を称える。
- §7.1-7.5
コッラティヌスの辞任とウァレリウスの執政官就任
ブルートゥス去りし後、コッラティヌスが裏切り者のアキュッリウス家に対して躊躇を見せると、ウァレリウスが介入して対立が生じる。戻ってきたブルートゥスは市民に判決を委ね、裏切り者たちは処刑され、コッラティヌスは辞任して退去する。ウァレリウスが執政官になり、密告者ウィンディキウスを最初の解放奴隷市民とした。
- §8.1-8.4
アレースの野の奉献とティベリス川の島の形成
タルクィニウスの財産処分とアレースの野の奉献、そこから生じたティベリス川の島形成の経緯、およびウェスタの処女祭司タルクィニアの寄進による島形成の異説について述べる。
- §9.1-9.7
ブルートゥスの戦死とウァレリウスの凱旋式
タルクィニウスを擁するエトルリア軍とローマ軍との間で激しい戦闘が勃発し、前哨戦でアッルンスとブルートゥスが相打ちとなる。勝敗未決のまま嵐で休戦となった夜、森からローマの勝利を告げる神の声が響き、エトルリア軍は敗走する。執政官ウァレリウスはローマ史上初の四頭立て戦車による凱旋式を執り行い、戦死した同僚ブルートゥスのために追悼演説を行う。
- §10.1-10.6
ウァレリウスの邸宅解体と尊称ポプリコラ
ウァレリウスが単独支配と邸宅の豪奢さを理由に不満を持たれていると知り、夜のうちに邸宅を自ら取り壊したこと、および権力を民衆に対して謙虚に示すことで民心を得て「ポプリコラ」の尊称を得たことが語られる。
- §11.1-11.4
ポプリコラの元老院補充と民衆立法
ポプリコラは、単独支配の期間中に元老院の欠員を補充し、民衆への控訴権、僭主化の防止、貧民救済、不従順の罰則など、民衆に配慮した民主的な法律を次々と制定する。
- §12.1-12.4
僭主殺害法の制定と国庫および財務官制度の創設
ポプリコラは僭主を裁判なしで殺害することを認める法を制定した。また、サートゥルヌス神殿を国庫と定め、民衆に財務官を選出させるとともに、年長のルクレティウスを同僚執政官に任命して敬意を示した。
- §13.1-13.4
カピトーリウム神殿の粘土製戦車とウェイイの前兆
タルクィニウスが発注したカピトーリウム神殿用の粘土製戦車が窯の中で異常な膨張を見せ、その後の競馬での奇妙な事件を経て、ウェイイの人々はそれをローマに引き渡すことになる。
- §14.1-14.5
ホラティウスによるカピトーリウム神殿の奉献
カピトーリウム神殿の奉献の役割分担をめぐり、ポプリコラの不在中にホラティウスが選ばれるが、奉献式中に息子の死という虚偽の報せが届いてもホラティウスは動揺せず儀式を遂行した。
- §15.1-15.5
カピトーリウム神殿の歴代の再建とドミティアヌス
カピトーリウムの歴代(第二、第三、第四)の神殿再建と奉献の経緯が語られ、特にドミティアヌスによる第四の神殿の莫大な費用と、彼の過剰な建築熱が批判される。
- §16.1-16.7
ポルセナの侵攻とホラティウス・コクラスの橋の死守
タルクィニウスの要請に応じたポルセナがローマに侵攻し、ポプリコラが負傷する危機の中、ホラティウス・コクラスが橋を死守して敵の猛攻を防いだ。
- §17.1-17.5
包囲下の反撃とムキウス・スカエウォラの義挙
ポルセナによる包囲と飢饉に苦しむローマで、ポプリコラはエトルリアの別働隊を撃破する。一方、ムキウス・スカエウォラはポルセナ暗殺を企てて捕らえられるが、その不屈の闘志を示してポルセナを感嘆させ、和議への道を開く。
- §18.1-18.2
ポルセナによる講和の受諾と人質の差し出し
ポプリコラはポルセナを審判とする裁判を提案するが、タルクィニウスがこれを拒絶したため、ポルセナはローマに有利な条件で和議を結び、ポプリコラの娘を含む人質が送られた。
- §19.1-19.6
クロエリアの脱走とポルセナとの和解
ローマの乙女たちが人質から脱走してティベリス川を泳ぎ渡り、ポプリコラが信義のために彼女たちをポルセナへ送り返すが、ポルセナは乙女たちの勇気を称えて解放し、ローマとの和解後に自陣の豊かな物資を遺贈した。
- §20.1-20.3
マルクス・ウァレリウスの勝利と特権的な邸宅
サビニ人との戦争においてマルクス・ウァレリウスが勝利し、その褒賞としてパラティウムに特権的な(外開きの扉を持つ)邸宅を与えられたこと、およびその扉の構造とギリシアの慣習について記述する。
- §21.1-21.6
アッピウス・クラウススのローマ亡命
ポプリコラが4回目の執政官となるなか、サビニ人との戦争が迫り、都市が流産などの災厄に見舞われたため宗教的儀式を行う。サビニ人の有力者アッピウス・クラウススは和平派として国内で孤立したが、ポプリコラの説得に応じて5000世帯と共にローマに亡命し、後に有力なクラウディウス氏族の祖となった。
- §22.1-22.5
サビニ軍の伏兵作戦とポプリコラの逆撃
サビニの指導者たちはアッピウス・クラウススの亡命に憤慨し、ローマに大軍を送り込んで伏兵による罠を仕掛けようとする。しかしポプリコラは計画を事前に察知し、伏兵の裏をかく徹底的な包囲・挟撃作戦によってサビニ軍に甚大な被害を与える。
- §23.1-23.3
ポプリコラの死と国葬および一族の埋葬特権
ポプリコラの死に伴い、ローマ市民による公費での埋葬と女性たちの1年間の喪、および彼の一族に対するウェリアでの特権的な埋葬権とその儀礼的辞退の伝統が描かれる。
