コルネリウス・ネポス · Cornelius Nepos
テミストクレス伝
Themistocles
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底本
Cornelius Nepos. Cornelii Nepotis Vitae. Fleckeisen, Alfred; Halm, Karl, editors. Leipzig: Teubner, 1886.
原文データ出典
Perseus Digital Library · CC BY-SA (Perseus の利用条件による)
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要旨
アテナイの偉大な政治家・軍人であるテミストクレスの波乱に満ちた生涯を描いた伝記作品である。物語は、放蕩にふけった若い日を猛省した彼が、比類なき才覚で頭角を現すところから始まる。ペルシアの脅威に対し、彼は海軍の増強を主張してサラミスの海戦へと導き、卓越した知略と奇策を用いてギリシアに歴史的大勝利をもたらした。戦後はアテナイの復興と国防を推し進め、スパルタとの外交戦を巧みに乗り切る。しかし、やがて陶片追放によって祖国を追われ、かつての宿敵であったペルシアへと亡命を余儀なくされる。ペルシア王のもとでその非凡な才能を認められて優遇され、他郷の地で生涯を終えるまでの彼の栄光と転落、そして死が、簡潔な筆致で綴られている。
目次
10 チャンク
引用方式:chapter.section
- §1.1-1.4
テミストクレスの出自と廃嫡からの台頭
アテナイのテミストクレスの出自と放蕩な若き日、そして父からの廃嫡という逆境を契機に彼が国事に奔走し、類稀なる才覚によって急速に台頭する様子を描く。
- §2.1-2.8
海軍増強とデルポイの木の壁の神託
テミストクレスはコルキュラ戦争においてアテナイ海軍を劇的に強化し、その備えがペルシア戦争におけるギリシア全体の救済へと繋がった。彼はデルポイの「木の壁」という神託を「船」と解釈してアテナイ市民に避難を促した。
- §3.1-3.4
アルテミシオンの海戦とサラミスへの後退
テミストクレスの海戦案は不評で、陸上での防衛としてテルモピュライに軍が送られたが全滅する。一方、アルテミシオンでペルシア艦隊と互角に戦ったギリシア連合艦隊は、回り込まれる危険を避けてサラミスへと後退する。
- §4.1-4.5
アテナイ炎上とテミストクレスの偽りの急報
クセルクセスがアテナイを破壊したのち、テミストクレスは連合軍の撤退を阻止するため、ペルシア王へ虚偽の情報を送り、狭い海域での決戦を仕向けた。
- §5.1-5.3
クセルフセスの退却とギリシアの解放
クセルフセスは、テミストクレスによる橋の破壊計画という偽の知らせに騙され、急いでアジアに退却した。この策略によってギリシアは解放され、サラミスの戦いはマラトンに並ぶ偉大な勝利として歴史に刻まれた。
- §6.1-6.5
ペイライエウスの築港とアテナイ城壁の再建
テミストクレスによるペイライエウス港の建設と、スパルタの反対を排して行われたアテナイの城壁再建の経緯、および彼が使節としてスパルタとの交渉を引き受けた際の奇策が語られる。
- §7.1-7.6
スパルタでの時間稼ぎと城壁の完成
テミストクレスはスパルタで時間稼ぎをし、アテナイの城壁が完成に近づいた段階で、自国の防壁建設の正当性を率直に主張するとともに、人質交換の交渉を行う。
- §8.1-8.7
陶片追放とペルシアへの逃避行
テミストクレスは陶片追放によってアルゴスに逃れるが、さらにペルシアとの内通を疑われ、様々な土地を転々とした後、嵐に巻き込まれながらも船主の助けを借りてエペソスに逃れる。
- §9.1-9.4
アルタクセルクセス王への書簡と猶予の要請
テミストクレスがアジアへ渡った時期について、ネポスはトゥキュディデスの説を採用する。ペルシア王アルタクセルクセスに宛てたテミストクレスの書簡が引用され、過去の敵対行動とそれに対する恩徳、そして面会に向けた猶予の要請が綴られる。
- §10.1-10.5
ペルシアでの厚遇とテミストクレスの死
ペルシア王はテミストクレスの才量を称賛して優遇し、テミストクレスはペルシア語を修得して領地を与えられる。その死については病死とするトゥキュディデスの説を支持し、遺骨が秘密裏にアッティカに埋葬された経緯に言及する。
