- 底本
- Platonis Opera Tomus IV: Tetralogia VIII. Burnet, John, editor. Oxford: Clarendon Press, 1905.
- 翻訳
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- 言語
- 日本語 · English · 简体中文 · 한국어
- CTS URN
- urn:cts:greekLit:tlg0059.tlg029.humanitext-grc2:410
- 出力
- Humanitext Reader · reader.humanitext.ai · 2026-10-27
クレイトポンは、ソクラテスが美徳への勧告に終始し、美徳や正義の具体的な知識を教えてくれないと批判し、これ以上進展がないならトラシュマコスらのもとに去ると思いをぶつける。
ΚΛΕΙ. ὅτε δὴ ἐνταῦθα ἦμεν τοῦ λόγου ἀποροῦντες, οἱ παρόντες ἱκανοὶ ἦσαν ἐπιπλήττειν τε αὐτῷ καὶ λέγειν ὅτι περιδεδράμηκεν εἰς ταὐτὸν ὁ λόγος τοῖς πρώτοις, καὶ ἔλεγον ὅτι καὶ ἡ ἰατρικὴ ὁμόνοιά τίς ἐστι καὶ ἅπασαι αἱ τέχναι, καὶ περὶ ὅτου εἰσὶν ἔχουσι λέγειν· τὴν δὲ ὑπὸ σοῦ λεγομένην δικαιοσύνην ἢ ὁμόνοιαν, ὅποι τείνουσά ἐστιν, διαπέφευγεν, καὶ ἄδηλον αὐτῆς ὅτι ποτʼ ἔστιν τὸ ἔργον. ταῦτα, ὦ Σώκρατες, ἐγὼ τελευτῶν καὶ σὲ αὐτὸν ἠρώτων, καὶ εἶπές μοι δικαιοσύνης εἶναι τοὺς μὲν ἐχθροὺς βλάπτειν, τοὺς δὲ φίλους εὖ ποιεῖν. ὕστερον δὲ ἐφάνη βλάπτειν γε οὐδέποτε ὁ δίκαιος οὐδένα· πάντα γὰρ ἐπʼ ὠφελίᾳ πάντας δρᾶν.1 ταῦτα δὲ οὐχ ἅπαξ οὐδὲ δὶς ἀλλὰ πολὺν δὴ ὑπομείνας χρόνον λιπαρῶν ἀπείρηκα, νομίσας σε τὸ μὲν προτρέπειν εἰς ἀρετῆς ἐπιμέλειαν κάλλιστʼ ἀνθρώπων δρᾶν, δυοῖν δὲ θάτερον,2 ἢ τοσοῦτον μόνον δύνασθαι, μακρότερον δὲ οὐδέν, ὃ γένοιτʼ ἂν καὶ περὶ ἄλλην ἡντιναοῦν τέχνην, οἷον μὴ ὄντα κυβερνήτην καταμελετῆσαι τὸν ἔπαινον περὶ αὐτῆς, ὡς πολλοῦ τοῖς ἀνθρώποις ἀξία, καὶ περὶ τῶν ἄλλων τεχνῶν ὡσαύτως· ταὐτὸν δὴ καὶ σοί τις ἐπενέγκοι τάχʼ ἂν περὶ δικαιοσύνης, ὡς οὐ μᾶλλον ὄντι δικαιοσύνης ἐπιστήμονι, διότι καλῶς αὐτὴν ἐγκωμιάζεις. οὐ μὴν τό γε ἐμὸν οὕτως ἔχει· δυοῖν δὲ θάτερον, ἢ οὐκ εἰδέναι σε ἢ οὐκ ἐθέλειν αὐτῆς ἐμοὶ κοινωνεῖν. διὰ ταῦτα δὴ καὶ πρὸς Θρασύμαχον οἶμαι πορεύσομαι καὶ ἄλλοσε ὅποι δύναμαι, ἀπορῶν· ἐπεὶ εἴ γʼ ἐθέλεις σὺ τούτων μὲν ἤδη παύσασθαι πρὸς ἐμὲ τῶν λόγων τῶν προτρεπτικῶν, οἷον δέ, εἰ περὶ γυμναστικῆς προτετραμμένος ἦ τοῦ σώματος δεῖν μὴ ἀμελεῖν, τὸ ἐφεξῆς ἂν τῷ προτρεπτικῷ λόγῳ ἔλεγες οἷον τὸ σῶμά μου φύσει ὂν οἵας θεραπείας δεῖται, καὶ νῦν δὴ ταὐτὸν γιγνέσθω. θὲς τὸν Κλειτοφῶντα ὁμολογοῦντα ὡς ἔστιν καταγέλαστον τῶν μὲν ἄλλων ἐπιμέλειαν ποιεῖσθαι, ψυχῆς δέ, ἧς ἕνεκα τἆλλα διαπονούμεθα, ταύτης ἠμεληκέναι· καὶ τἆλλα πάντα οἴου με νῦν οὕτως εἰρηκέναι τὰ τούτοις ἑξῆς, ἃ καὶ νυνδὴ διῆλθον. καί σου δεόμενος λέγω μηδαμῶς ἄλλως ποιεῖν, ἵνα μή, καθάπερ νῦν, τὰ μὲν ἐπαινῶ σε πρὸς Λυσίαν καὶ πρὸς τοὺς ἄλλους, τὰ δέ τι καὶ ψέγω. μὴ μὲν γὰρ προτετραμμένῳ3 σε ἀνθρώπῳ, ὦ Σώκρατες, ἄξιον εἶναι τοῦ παντὸς φήσω, προτετραμμένῳ δὲ σχεδὸν καὶ ἐμπόδιον τοῦ πρὸς τέλος ἀρετῆς ἐλθόντα εὐδαίμονα γενέσθαι.
クレイ。私たちが議論のこの段階に達して途方に暮れていたとき、居合わせた人々は、彼を非難して「議論は最初と同じところを堂々巡りしただけだ」と言うのに十分であり、また彼らはこうも言った。「医学もまた、そしてすべての技術も、ある種の同心であり、それが何に関するものであるかを語ることができる。しかし、あなたによって語られている正義、すなわち同心は、それがどこに向かっているのかが逃げ去ってしまい、その成果が一体何であるのかは不明なままである。」ソクラテスよ、私は最後には、あなた自身にもこれらのことを尋ねた。するとあなたは私に、敵を害し、友を益することが正義に属することだと言った。しかし後になって、正しい人は誰をも決して害さないということが明らかになった。というのも、正しい人はすべての人を益するためにすべてのことを行うからである。私は一度ならず二度までも、実に長い間耐え忍んで熱心に食い下がった末に、あきらめてしまった。あなたが、徳への気遣いを勧めることにおいては、人間の中で最も見事にそれを行うと思う一方で、次の二つのうちのいずれかであると考えたからだ。すなわち、あなたはただそれだけしかできず、それ以上のことは何もできないのか(それは、舵手でない者が、舵手の技術が人間にとっていかに大きな価値があるかという称賛を熟達して語り、他の技術についても同様であるという、他のいかなる技術についても起こりうることだが)、あるいは、これと全く同じことを、誰かがあなたに対しても正義について非難するかもしれない。あなたが正義を美しく称賛しているからといって、あなたが正義の専門家であるわけではない、として。しかし、私の見方はそうではない。むしろ、次の二つのうちのどちらかだ。あなたが知らないか、あるいは、私にそれを分かち合おうとしないかのどちらかである。それゆえにこそ、私は途方に暮れて、トラシュマコスのもとへ、また他に行けるところならどこへでも行くつもりだ。というのも、もしあなたが、私に対してこのような勧誘の言葉をかけるのをもうやめて、たとえば、もし体育について「身体を疎かにしてはならない」と勧められた後であるなら、その勧誘の言葉に続いて「私の身体の生まれつきの性質からして、どのような世話が必要か」を語ってくれたであろうように、今まさに同じことが行われることを望むからだ。クレイトポンが、他のことには気を配るのに、魂を、すなわち他のすべての努力の目的である魂を疎かにするのは滑稽極まると同意しているものと見なしてほしい。そして他のすべてのこと、すなわちこれに続くことや、今しがた私が述べたことも、私が同じように語ったものと思ってほしい。そしてあなたにお願いだから、決してこれと異なることはしないでほしい。今のように、私がリュシアスや他の人々に対して、あなたを一方では称賛しつつ、他方ではいくらか非難するようなことにならないために。なぜなら、まだ促されていない人にとって、ソクラテスよ、あなたはあらゆる価値があると私は言うだろうが、すでに促された人にとっては、美徳というゴールに到達して幸福になることの、ほとんど障害にさえなるのだから。
- 410bπάντα γὰρ ἐπʼ ὠφελίᾳ πάντας δρᾶν
主語は前文の「正しい人」(ὁ δίκαιος) が省略されている。対格の「πάντας」を「すべての者を」と解し、「正しい人はすべての者を益するために、すべてのことを行うからである」と解釈するのが、直前の「正しい人は誰をも決して害さない」という命題の理由として最も自然である。
- 410bδυοῖν δὲ θάτερον
「二つのうちの一方」という対比表現が、410b2–c5 と 410c5–6 で2回連続して使われており、クレイトポンのソクラテスに対する批判の構造を規定している。1回目は「ソクラテスが勧告しかできないか、あるいは他者からの非難を甘受するしかないか」、2回目は「ソクラテス自身が正義を知らないか、教えたくないか」を意味する。
- 410eμὴ μὲν γὰρ προτετραμμένῳ
否定辞「μὴ」は分詞「προτετραμμένῳ」にかかる。条件分詞として「もし(徳へと)促されていない者に対してなら」という意味を表し、後半の「προτετραμμένῳ δὲ」(しかし、すでに促された者に対しては)との対比により、ソクラテスが果たす役割の限界を鮮やかに示している。
翻訳:Gemini 3.5 Flash(2026-05-22 公開)・修正履歴(1 件・最終 2026-09-30)
- 2026-09-30 表記の統一 — 訳文 1 件
