底本
Aristotle. Aristotelis Physica. Ross, W.D., editor. Oxford: Clarendon, 1960.
原文データ出典
Open Greek and Latin · CC BY-SA 4.0
元ファイル: urn:cts:greekLit:tlg0086.tlg031.1st1K-grc1
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要旨
本作は、アリストテレス(Aristoteles)が自然界における変化や運動の根本原理を体系的に探究した、全8巻からなる自然哲学の古典である。著者はまず、自然研究の方法論を定め、先行する自然学者たちの説を批判的に検証しながら、生成変化を説明するために「質料(hyle)」、「形相(eidos)」、「欠如」という三つの原理を提示する。続いて、自然物における四つの原因(四原因)を定義し、運動、無限、場所、虚空、時間といった、自然学の基盤となる重要概念の定義やアポリアを次々と解明していく。後半では、運動の範疇を分類し、ゼノンのパラドックスを排しながら、時間や大きさの連続性を数学的・論理的に証明する。最終的に、宇宙の永遠なる連続運動を維持するためには、部分や大きさを持たない「不動の第一動者」の存在が不可欠であるという結論へと至る。
目次
113 チャンク
引用方式:book.chapter
- §1.1
自然探究の対象と普遍から原理への探究方法
自然に関する探究において、我々にとっての既知である混ざり合った全体(普遍的なもの)から出発し、自然にとっての既知である要素や原理(個々の部分)へと分析的に進むべきであるという方法論を提示する。
- §1.2#1
原理の数に関する諸説とエレア派説の検討
原理の数や性質に関する諸説を整理し、「存在するものは一つで不動である」というエレア派の主張は自然の基本前提(運動)を否定するため自然学の対象外であると論じ、その検討の前提として「存在する」という多義的な概念の分析を始める。
- §1.2#2
一の多義性と万物の一性の論駁
万物が一つであるという主張に対し、アリストテレスは「一」の多義性(連続的、不可分的、定義上の一)から論駁を行い、また一と多を両立させられずに混乱した先代の自然哲学者たちの論理的誤りを指摘する。
- §1.3#1
メリッソスとパルメニデスの存在一者説の反駁
メリッソスとパルメニデスにおける「存在は一である」という主張の誤りを、論理的誤謬の指摘や「存在」の多義性(本質的存在と付帯性)に基づいて反駁し、存在が一であるという前提から生じる矛盾を明らかにする。
- §1.3#2
本質的存在の可分性と非存在や分割不可能性の批判
アリストテレスは、「本質的な存在」の定義を分析することで、それがさらに別の本質的な存在へ分割され、単一の存在に帰着できないことを論じる。また、エレア派の極端な一元論を避けるために「存在しないもの」を認めたり、二分法のパラドックスを避けるために「分割不可能な大きさ」を導入したりした先行哲学者たちの誤りを指摘する。
- §1.4#1
自然学者たちの生成説の分類とアナクサゴラスの無限論
アリストテレスは初期の自然学者たちの宇宙論を二大別し、一なる基底物質の濃密化・希薄化による生成説と、一なる混合物からの反立物の分離説(アナクサゴラスやエンペドクレス)を解説し、特に「無からの生成の否定」に基づくアナクサゴラスの無限論の背景を整理する。
- §1.4#2
部分の大きさとアナクサゴラスの無限分割説の批判
アリストテレスは、生物やその部分(肉や骨など)の大きさには上限と下限があることを示し、無限の分割や「すべてのものの中のすべてのものの混合」というアナクサゴラスの説を量と質の両面から批判し、原理は有限であるべきだと論じる。
- §1.5
対立するものを自然の原理とする先人たちの見解
アリストテレスは先人たちの学説を振り返り、一者のみを認める者も含め、すべての思想家が「対立するもの」を原理として仮定していることを指摘し、事物の生成消滅が対立するものの間で起こるという理論的根拠を論じる。
- §1.6
原理の数と第三の基底的原理の必要性
アリストテレスは原理の数が2つか3つか、あるいはそれ以上であるべきかを考察する。実体が属性であってはならないことや対立物同士が直接作用し合えないことから、基底となる第三のものの必要性を論じ、原理は3つ(または2つ)であるという見解を示す。
- §1.7#1
生成の一般的構造と持続する基底の存在
生成のプロセスを記述する一般的な仕組みを説明するため、単純なものと複合的なもの、変化において留まる基底と留まらない対立物(欠乏)の区別を導入し、あらゆる変化には基底が存在することを論じる。
- §1.7#2
生成の原理としての基底と形相および類比による把握
自然物における生成の根本原理が「基底(物質)」と「形相」の二つ(欠如を加えれば三つ)であることを定義し、特に目に見えない基底的自然(物質)の本性が、素材と製品との関係からの「類比(アナロジー)」によって把握されうるものであることを説明する。
- §1.8
生成の不可能性をめぐる古代人の難問の解消
アリストテレスは、生成変化を不可能として否定した古代人の困難を提示し、「それ自体において」と「付帯的に」という区別を導入することで、その困難を解消する。さらに、可能態と現実態の区別というもう一つの解決の道筋をも提示する。
- §1.9
質料と欠如の区別および質料の不生不滅性
アリストテレスは、先行者たちが「質料」と「欠如」を区別しなかったために陥った誤りを批判し、質料自体は生成も消滅もしない不生不滅の最初の基底であることを論じる。
- §2.1#1
自然の定義と運動の内在的原理
アリストテレスは「自然」を定義し、それが事物に内在する運動と静止の原理であること、それに対して技術の産物はその素材の性質を通じてのみ付帯的に運動の原理を持つことを示し、さらに自然の存在を証明しようとすることの無意味さを指摘する。
- §2.1#2
質料と形相から見た自然とその優位性
自然(ピュシス)を底底をなす無定形の素材(ヒューレー)とする立場(アンティポンの説など)を紹介した上で、自然のもう一つの定義として「ロゴスにかなう形相(エイドス/モルペー)」を提示し、生成の目的地である形相こそがより真の自然であることを論じる。
- §2.2
自然学と数学の区別および形相と質料の探究
アリストテレスは、数学と自然学の対象の違い、およびそれらの中間に位置する応用数学の性格を説明する。さらに、自然学者が形相と素材の両方を研究すべきである理由を、技術と自然の類比や目的論的観点から論じる。
- §2.3#1
四原因の提示と事物の生成における原因のあり方
著者は自然科学における知には「なぜ」という原因の解明が不可欠であるとし、素材因、形相因、始動因、目的因という四つの基本的な原因(四原因)を提示し、それらが多様なあり方で同一の対象や対立する対象の原因となり得ることを説明する。
- §2.3#2
原因の諸様態の分類と最深の原因の探求
原因の様々な分類様態(個別と属、本質と付帯、可能と現実、それらの結合など)を整理し、探究にあたっては常に最も根源的・極限的な原因を求めるべきであることを主張する。
- §2.4
原因としての運と偶然に関する先行学説の検討
アリストテレスは、「運」と「偶然」が原因の類に含まれるかという問いを提起し、それらを否定する決定論的な議論や、宇宙の起源を偶然に帰しながら生物の形成には自然な原因を認める既存の説の矛盾を批判する。
- §2.5
付帯的原因としての運と偶然の定義
アリストテレスは、常に、あるいはたいてい生じるものには運が関与しないことを示し、運と偶然は「何かのために生じる事象」における付帯的な原因であると定義する。
- §2.6
運と偶然の区別と付帯的原因としての序列
偶然(自発的なもの)と運の違いを説明し、偶然の方がより広い範囲に適用され、運は選択能力をもつ人間の行為の領域に限定されることを示す。さらに、偶然と運はともに付帯的な原因であり、それ自体としての原因である知性や自然より本質的に後にあることを論じる。
- §2.7
四原因と自然探究者の説明義務
原因の種類は四つ(質料、形相、始動因、目的)であり、自然学者はこれらすべてに基づいて「なぜ」という問いに答えるべきであること、特に形相、目的、始動因の三つはしばしば一つに帰着することを論じる。
- §2.8#1
自然における目的原因の論証と偶然論の論駁
自然における目的原因の存在と必然性の関係を論じ、部分の形成を偶然によるものとする反論を提示した上で、自然の規則性から目的因の必然性を証明し、技術と自然の類比によってこれを補強する。
- §2.8#2
生物の合目的的活動と目的因としての自然
自然の作用が「何かのため(目的)」であることを、動物や植物における合目的的な活動、技術における誤りと自然界の怪物(奇形)とのアナロジー、そして熟慮の有無と目的因の関係を通じて証明し、自然が目的因であることを結論づける。
- §2.9
自然における仮設的必然性と目的因の優位
アリストテレスは自然科学における必然性を「仮設的必然性」として規定し、数学的な必然性との相違を明らかにする。そして、目的因が素材に先行する原理であり、自然探求者は両方の原因を論じるべきだが特に目的因を優先すべきであると結論づける。
- §3.1#1
自然探究における運動の重要性と運動の定義
アリストテレスは自然を探求する上で運動の規定が不可欠であることを示し、運動に関連する無限、場所、空虚、時間を導入した上で、運動をカテゴリーと可能態・現実態の区別に基づいて「可能的に存在するものの、まさにそのようなものとしての完全性」と定義し始める。
- §3.1#2
可能態の現実態としての運動の規定と具体例
運動の定義を、可能的なものが可能的なものである限りにおいて示す現実活動(完全性)であるとし、建築活動などの具体的な例を挙げて説明し、さらに基底にあるものと可能性の区別を論じる。
- §3.2
先行諸説の検討と不完全な現実活動としての運動
アリストテレスは、運動を「他者性」や「非存在」などとする先行説を退け、運動が不完全な可能的なものの現実活動(活動)であるという自身の定義の正しさを検証し、運動惹起者もまた接触によって同時に運動させられるプロセスを明らかにする。
- §3.3
運動の所在と作用・受動の活動の同一性
本チャンクでは、運動が運動可能者のうちにあることを明確にし、作用と受動の活動の同一性をめぐる論理的アポリアを提示する。それに対して、アテナイ・テーバイ間の道路の例えを用いて本質的同一性と関係的同一性を区別して難問を解決し、運動の定義をまとめている。
- §3.4#1
自然学における無限の探究と先行哲学者たちの見解
アリストテレスは自然学において無限の研究が不可欠であることを示し、ピュタゴラス派やプラトンなど先行する哲学者たちが無限をどのように原理として扱ったかを概観する。
- §3.4#2
原理としての無限と存在を信じる五つの根拠
自然研究において無限を原理として扱うべき理由(不生不滅であり、すべてを包摂・支配すること)と、無限の存在を信じさせる5つの根拠について論じる。さらに、無限の探究がはらむ困難を示し、検討の前提として無限の多様な定義を規定する。
- §3.5#1
独立した実体および感覚的物体の無限性の否定
本チャンクでは、まず感覚的なものから独立した実体としての無限は存在し得ないこと、また現実活動的な無限の存在が否定され、無限は付帯的な性質にすぎないことが示される。続いて、感覚的な無限の物体が存在し得ないことを、論理的(概念的)および自然学的な観点から(特に複合的な物体の観点から)論じる。
- §3.5#2
対立関係と場所に基づく無限な感覚的物体の否定
アリストテレスは、無限な感覚的物体が単一の元素や元素以外の単純物として存在し得ないことを対立関係から論証し、さらに固有の場所(トポス)の概念を用いて、同種であれ異種であれ感覚される無限な物体は存在し得ないことを証明する。
- §3.5#3
アナクサゴラス説の反駁と無限な物体の否定
アナクサゴラスの「無限なるものは自己を支えて自己の内にとどまる」という不条理な見解を、地球の静止原因や部分と全体の場所の同一性によって反駁する。さらに、場所の持つ方向性(上下左右前後)の有限性や量という概念の限界から、現実に無限な物体が存在することの不可能性を結論づける。
- §3.6#1
可能態としての無限の存在と分割および付加
無限を完全に否定すると時間に始まりと終わりが生じるなどの不都合があるため、著者は無限を現実的ではなく可能態として認め、「一日」や「競技会」のように次々と異なるものが現れるプロセスとしての存在を提示する。さらに、分割による無限と、有限な領域内で逆行する付加による無限の等価性とその性質を解明している。
- §3.6#2
全体と対立する無限と質料としての規定
無限は現実態としては存在せず、可能態においてのみ、かつ分割の逆としての付加においてのみ存在する。無限と全体(完結したもの)の概念は本質的に対立し、無限は全体ではなく部分(素材)の規定に属する。
- §3.7-3.8
数と大きさの無限および現実的無限論の論駁
アリストテレスは、数における無限の増大と大きさにおける無限の分割の非対称性を解説し、幾何学者には可能態の無限で十分であることを示す。さらに、無限を質料原因として定義し、現実的な無限を主張する伝統的な論拠を論駁する。
- §4.1#1
場所の探求と存在の根拠および自然的な方向
アリストテレスは場所(トポス)の探究を開始し、事物の存在や移動運動の前提として場所の存在が確実視されること、および自然的な方向(上下など)が相対的な位置を超えた固有の力を持つことを論じる。
- §4.1#2
場所の先行性に関する議論と存在をめぐる難問
場所の存在を支持するヘシオドスのカオス説やその優先性を述べた後、場所の定義や存在をめぐる様々な哲学的難問(その次元、境界との違い、元素や四原因との関係、ゼノンのパラドックス、成長するものの場所など)を提起する。
- §4.2
場所の形相説および質料説の検討と反駁
場所を事物の「形相」あるいは「質料」とみなす見解とプラトンの説を紹介した上で、場所の分離可能性や運動、無限後退などの論拠を挙げてそれらの見解を反駁する。
- §4.3
何かの内にあることの多義性とゼノンの難問
「あるものが他のものの内にある」と言われる八つの意味を整理し、「それ自体がそれ自体の中にある」ことは直接的にも付随的にも不可能であることを示す。これに基づき、場所が場所の内にあるというゼノンのパラドックスを解決し、場所が質料や形相とは異なるものであることを確認する。
- §4.4#1
場所の基本的性質と包むものの境界
場所の定義を導くために満たすべき前提条件(共通理解)を整理し、場所の探究が移動などの場所的運動に由来すること、および包み込むものと包まれるものの物理的な関係から生じる場所の境界的性質について解説する。
- §4.4#2
包む物体の不動の極限としての場所の定義
アリストテレスは場所の候補(形、質料、間隔、極限)を検討し、前三者を否定した上で、場所とは「包み込む物体の不動の直接の極限」であると定義し、宇宙の上下の方向性との関係や事物との同時存在性を説明する。
- §4.5
宇宙全体の場所と場所をめぐる難問の解決
外側に包み込むものを持たない宇宙(天)の全体はそれ自体としては場所にないが、部分の円運動を通じて場所と関わることを論じ、場所に関する諸難問を解決するとともに、自然的な物体の配置関係を説明する。
- §4.6
虚空の存否をめぐる先人たちの議論の検討
アリストテレスは虚空に関する研究の重要性を示し、アサクサゴラスらの誤った反論を退け、デモクリトスやピュタゴラス派を含む肯定派の論拠を整理する。
- §4.7
虚空の定義と存在論拠に対する反駁
アリストテレスは「虚空」の定義を整理し、それが「何も存在しない場所」や「触知可能な物体がない間隔」を意味すると示す。そして、運動、凝縮、増大といった現象を根拠とする虚空の存在論を反駁し、それらが虚空を前提せずとも説明可能であること、またそれらの議論が自己矛盾を孕んでいることを明らかにする。
- §4.8#1
自然運動と均一性の難点による虚空の否定
アリストテレスは、単純な物体の自然運動の方向性、および均一な虚空における静止や無限運動のパラドックス(慣性運動の先駆的議論)を用いて、分離された虚空の存在を否定する。
- §4.8#2
媒質の密度と運動速度の比に基づく虚空の否定
物体の移動速度が媒質の稀薄さに比例することを論じ、媒質が存在しない虚空における運動速度はあらゆる有限の比を超越し不可能な矛盾(等時間での充満地と虚空の通過など)を来すことを説明して、虚空の存在を否定する。
- §4.8#3
等速運動の帰結と立体の体積による虚空の論駁
アリストテレスは、虚空においては物体の重さの差による速度の差(推進力)が生じず、すべての物体が等速で運動しなければならなくなるという不条理を指摘する。さらに、虚空の中に立方体を置く思考実験を通じて、虚空と物体の「体積」が区別不可能になる矛盾を示し、独立して存在する虚空を否定する。
- §4.9#1
稀薄と濃厚の議論の吟味と質料による解明
アリストテレスは、稀薄と濃厚の存在から虚空の存在を論証しようとする人々の見解を紹介し、その難点を指摘した上で、物質(質料)の可能性と現実性に基づく自身の説明を提示する。
- §4.9#2
質料の可能態による体積変化と虚空の否定
アリストテレスは、物体の体積の増減や温度の変化が、外部からの新要素の追加ではなく、同一の基底物質(質料)が持つ可能性の実現(可能態から現実態への移行)によるものであると説明し、虚空の存在を否定する結論を下す。
- §4.10
時間の存在と本性をめぐる難問と先行説の批判
アリストテレスが時間の存在と本性に関する諸アポリア(特に「今」のあり方についての困難)を提示し、時間を宇宙の運動や天球そのものとする先行説を批判して、時間が運動や変化と同一視できないことを論じる。
- §4.11#1
時間と運動の関係と先と後に関する数の定義
時間は変化や運動なしには存在せず、また運動そのものでもないが、運動に追随する連続的なものであることを説明し、時間が「先と後に関する運動の数」であることを定義する。
- §4.11#2
数えられる数としての時間と「今」の機能
時間は運動の「数」であり、移動体に追随する「今」が時間の連続性と分割を司る限界(極限)として機能することを解明する。
- §4.12#1
時間と運動の相互計測と時間の中にあること
絶対的な最小の数と特定の最小数の区別を論じ、時間と運動が相互に計測し合う性質を持つことを示す。さらに、「時間の中にあること」とは、その存在が時間(数)によって計測され、時間に包まれることであると定義する。
- §4.12#2
時間の中にある事物と静止および非存在の計測
時間の中にあるものは時間に包まれて変化を被るが、永遠に存在するものは時間の中にないこと、また時間は静止の尺度でもあること、および存在しないもののうち一部(過去や未来の事物など)のみが時間の中にあることを論じている。
- §4.13
「今」による時間の結合と分割および時間的表現
アリストテレスは「現在」が時間の連続性を保ちつつ分割可能であることを幾何学的な線と対比して論じ、「現在」に関連するいくつかの時間的副詞の概念を定義するとともに、時間が本質的に消滅の原因であることを再確認する。
- §4.14#1
時間の中にある運動と数える魂および時間の同一性
すべての運動と変化が時間の中にあることを「先」と「後」に即して論じ、さらに時間が数える主体である魂とどのような関係にあるか、また異なる運動に対して時間はどのように同一であるかを考察している。
- §4.14#2
円運動による時間の計測と時間の円環性
アリストテレスは一様な円運動が時間の最良の尺度であることを論じ、あらゆる事象が時間の周期に即して円環的であると言われる理由を説明する。さらに、数としての時間と数えられる対象の違いを、三角形の区分の比喩を用いて明らかにする。
- §5.1#1
変化の三分とそれ自体による変化の条件
変化と運動が、付帯的なもの、部分的なもの、それ自体(本質的)なものの三つに区分され、運動は形相ではなく動かされる主体の中で生じることが論じられる。また、付帯的でない変化は、反対、中間、矛盾の対立において生じることが示される。
- §5.1#2
生成消滅と区別される運動の定義と三つの種類
肯定表現で表される「基底」を基準に変化を四種に区分して「生成」と「消滅」を定義し、非存在は動きえないため、矛盾対立に属する生成・消滅は運動ではなく、基底から基底への変化だけが運動であることを示す。これに基づき、実体以外の範疇に従って運動を性質・量・場所の三つに限定する。
- §5.2#1
実体と関係と能動受動における運動の不可能性
実体、関係、能動と受動においては運動が存在しないこと、特に運動の運動や生成の生成(変化の変化)は存在しないことを論じ、それが無限遡行などの論理的困難をもたらすことを示す。
- §5.2#2
運動の三つの範疇と不動なものおよび静止の定義
変化の変化の不可能性から、実体・関係・能動・受動には運動がないことを再確認し、運動が質(質的変化)、量(増大と減少)、場所(運搬)の三つの範疇にのみ存在することを示す。また、運動しないものの三分類と、本来の意味での「静止」の定義を提示する。
- §5.3
接触と連続など七つの空間的関係の定義
本チャンクにおいて、アリストテレスは空間・時間的関係を定義する。「同時に」、「離れて」、「触れている」、「中間」、「連続する順序にある(次にある)」、「接している」、「連続している」という七つの基本概念の定義と、それらの論理的先後関係を提示している。
- §5.4#1
類と種と数による運動の統一性と単一性の条件
運動の「一」の定義を、類、種、そして数(端的な一)の各次元から論じ、端的に一つの運動が成り立つための三要素(動くもの、動く領域、時間)と、それに伴う状態の再獲得に関する難問を提示する。
- §5.4#2
連続性と完全性および一様性による運動の単一性
アリストテレスは運動の「連続性」と「一(単一性)」の関係を論じ、端的な連続性と一を成す条件が、同一の種、同一の主体、そして中断のない同一の時間であることを提示する。また、完全性および一様性(一様・不同様)に基づく運動の一の概念についても分類を行う。
- §5.5
運動同士の反対性の定義と条件
運動同士の「反対性」の定義を検討し、単に出発点や到達点が反対である場合を排して、反対の性質から反対の性質へと至る運動同士(例えば健康から病気への運動と病気から健康への運動)こそが真に反対の運動であることを論じる。また、運動と変化の区別を整理し、中間状態を経る運動における反対性について説明する。
- §5.6#1
運動と静止の対立および自然な変化と反自然な変化
運動と静止の対立関係を規定し、さらに運動における「自然本来のもの」と「自然に反するもの(強制的なもの)」の区別を、場所移動だけでなく他の変化(質的変化、増大・減少、発生・消滅)にも適用できるかを検討する。
- §5.6#2
自然な運動と反自然な運動の対立および静止の難点
自然本来的な運動・静止と、自然に反する運動・静止の対立関係を整理し、静止に至る過程の本質、および特定の場所での静止とそこからの運動の関係に潜むアポリアを考察して、運動と静止の対立についての議論を締めくくる。
- §6.1
連続体が分割不可能な点から構成されないことの証明
大きさ、時間、運動が分割不可能な最小単位から構成され得ないことを連続性などの定義に基づいて論じ、連続的な大きさが点から構成されると仮定した際の論理的矛盾を運動のモデルを用いて指摘する。
- §6.2#1
速さの定義と時間および大きさの無限分割可能性
「より速いもの」の定義に基づき、等しい時間でより大きな距離を、またより短い時間で等しい距離およびより大きな距離を通過することを証明する。その上で、より速い運動とより遅い運動の交替関係を用いて、時間と大きさがともに無限に分割可能(連続)であることを示す。
- §6.2#2
時間と大きさの対応関係とゼノンの逆理への反論
時間と大きさの連続性の相互関係を論じ、有限時間内に無限の分割に触れることが可能であるとしてゼノンの逆理に反論するとともに、連続的な大きさの中に不可分な部分(アトモン)は存在しないことを証明する。
- §6.3
不可分な今とそこにおける運動や静止の不可能性
アリストテレスは、過去と未来を区切る「今」が不可分であり、かつ同一のものであることを証明し、「今」においては運動も静止も不可能であることを論じる。
- §6.4
変化するものの分割可能性と運動の二つの分割
変化するものがすべて分割可能であることを証明し、運動が部分の運動による分割と時間による分割の二通りの仕方で分割可能であることを示す。さらに、時間、運動、運動していること、運動が起こる場所や質などの経路が、互いに同一の分割可能性を持つことを論じる。
- §6.5#1
変化完了の到達先と完了する第一の時間の不可分性
変化し終えたものは、その変化の完了した状態あるいは場所に存在することを示し、変化が完了する最初の時間は部分を持たない不可分な瞬間であることを論証する。
- §6.5#2
変化の始まりの否定と最初に変化した部分の不存在
「最初に変化し終えた時間」について、変化の完了の瞬間は存在するが変化の始まりの瞬間は存在しないことを示し、さらに変化する物体やその大きさにも「最初に変化した最初の部分」は存在し得ないことを論じる。
- §6.6#1
運動の先行性と変化中のあらゆる部分における変化
最初の時間において変化するものはその時間のすべての部分においても変化していることが定義と論証から示され、これに基づき、運動しているものはすべてそれ以前にすでに運動していなければならず、また変化を終えたものはその前に変化しつつあったことが必然であると論じられる。
- §6.6#2
変化完了に先行する運動と運動に先行する変化完了
時間は無限に分割可能であり、「今」どうしは連続しないため、変化し終えたものはすべてそれに先立って変化しつつあったこと、また変化しつつあるものはそれに先立って一部変化し終えていたことが示され、生成や消滅についても同様の構造が成立することが論じられる。
- §6.7
有限な時間と無限な大きさの運動の不可能性
有限の時間において無限の大きさを運動すること、および無限の時間において有限の大きさを運動することの不可能性を数学的に証明し、時間、運動、大きさにおける無限性の不可分な関係を示す。
- §6.8
静止し始める最初の時間と運動中の静止の否定
立ち止まりつつあるプロセスも運動の一種であるため、立ち止まる最初の時間や、静止し始める最初の瞬間は存在しないことを論じる。さらに、運動しているものは時間の中である特定の状態に留まっている(静止している)ことはできないことを示す。
- §6.9
ゼノンの運動に関する四つのパラドックスの反駁
アリストテレスはゼノンの有名な四つのパラドックス(二分法、アキレウス、飛ぶ矢、競技場)を提示し、時間の連続性や相対運動の誤認を指摘してそれらを反駁するとともに、矛盾対立における変化や回転運動の静止という反論を解決する。
- §6.10#1
部分なき分割不可能なものの運動の不可能性
部分のないもの(分割不可能なもの)は、それ自体として運動したり変化したりすることは不可能であり、付帯的にのみ運動し得ることを証明する。また、点のような分割不可能なものが運動するならば、線が点から構成されることになり矛盾が生じることを示す。
- §6.10#2
変化の有限性と時間的に無限な円運動の可能性
時間が分割可能であることから不可分なものが運動することは不可能であると再論証し、すべての変化は対立する限界を持つため有限であるが、時間において無限であり得るのは円運動のみであることを論じる。
- §7.1#1
運動するものが動かされる必然性と無限遡行の不可能性
運動するすべてのものが他なるものによって動かされていることを、自己運動を仮定した物体の分割可能性から論証し、場所的運動において動かすものと動かされるものの無限遡行が不可能であることを示す。
- §7.1#2
運動の同一性と動かすものの無限連鎖の不可能性
著者は運動の同一性(類・種・数)を定義し、有限の時間内での無限の運動の不可能性に基づく、最初の運動因の無限連鎖の不可能性の証明を検証する。さらに、接触と連続という物理的条件を導入することで、無限の連鎖が有限の時間内で無限の大きさを横切るという不可能な結論をもたらすことを確定させる。
- §7.2#1
動かすものと動かされるものの直接的接触と移動運動
第一の動かすもの(作用因)と動かされるものは中間に何も挟まず共にあることを主張し、まずは移動運動について、すべての動きが引きと押しという二つの基本動作に還元可能であることを示すことで証明する。
- §7.2#2
運動の諸形態における動かすものと動かされるものの無媒介性
引きと押しの定義から場所的運動における動かすものと動かされるものの接触が示され、続いて性質変化と増大・減少においても両者の間に中間が存在しないことが帰納と連続性の概念から論証される。
- §7.3#1
可感的な性質と性質変化の限定
アリストテレスは、性質変化は感覚される性質にのみ生じることを論じ、形・形態や、身体・魂の状態(徳や悪徳)そのものは性質変化ではないことを示す。
- §7.3#2
魂の状態と徳が性質変化ではないことの論証
アリストテレスは、魂の徳や悪徳、さらに知性的部分の状態(知識)もそれ自体は性質変化ではなく、関係(相対的なもの)に属すると論じる。それらは身体や魂の感覚的部分の性質変化、あるいは自然な混乱の静止に伴って生じるが、状態そのものの獲得や喪失は性質変化ではない。
- §7.4#1
運動の比較可能性と第一の受容体の同一性
すべての運動が比較可能であるかという問いを巡り、円運動と直線運動、あるいは移動と性質変化の比較不可能性を論じ、比較が可能であるためには単に言葉が同義的であるだけでなく、それらを直接受け入れる主体的基底(第一の受容体)が同一でなければならないことを論じる。
- §7.4#2
種の同一性と性質変化や生成における等速の条件
運動の比較可能性の条件として、同音異義でないだけでなく種や受容体において差異がないことが必要であることを論じ、さらに性質変化や生成・消滅における等速の基準について検討している。
- §7.5
運動の比例則と力の分割の限界
アリストテレスは運動の比例則(動力、重量、距離、時間の関係)を提示し、力が分割された場合に運動が生じない限界があることを説明する。さらにこの法則をゼノンの粟粒のパラドックスの反駁に適用し、性質変化や増加などの他の運動にも拡張する。
- §8.1#1
運動の永遠性と第一の変化に先行する運動
アリストテレスは運動が永遠に存在するのかという問いを提起し、自然学者たちの見解を概観する。さらに、運動の定義や可動者・能動者の関係を基にして、最初の変化よりも前に常に別の変化が先立っていなければならないことを論じる。
- §8.1#2
時間の連続性に基づく運動の永遠性と自然の秩序
時間は「今」の性質によって常に前後へと続くものであり、したがって時間が運動の数である以上、運動も永遠かつ不滅でなければならない。アリストテレスはさらに、自然界における秩序の必然性を説き、運動が唐突に始まるとする説や、デモクリトスのように「常にそうであること」を無条件に原理とする説明方法を批判する。
- §8.2
運動の新規発生説への反論と生物の自己運動
運動が新たに生じうるとする反論(変化の有限性、無生物の始動、生物の自己運動)を整理し、特に困難とされる生物の自己運動について、それが実際には包囲する環境からの刺激による内部運動に依存していることを示して反駁する。
- §8.3#1
万物の普遍的静止および普遍的運動の反駁
万物の運動と静止に関するあり得るすべての仮説を整理し、万物が常に静止しているという説および常に動いているという説を具体的な自然現象を挙げて反論する。
- §8.3#2
運動と静止の極端論の論駁と探究の課題
アリストテレスは、存在するものの運動と静止に関する極端な説(すべてが静止している、あるいはすべてが動いているという説、および常に静止するものと常に動くもののみが存在してそれらの間を移行するものがないという説)を、感覚的事実や思惟・意見の成立を根拠に論駁する。そして、事物は常に静止しているもの、常に動いているもの、そして運動と静止の双方にあずかるもののいずれであるかという、残された探究の課題を提示する。
- §8.4#1
動かすものと動かされるものの分類と自然運動
アリストテレスは動かすものと動かされるものの分類(付帯的とそれ自体、自身によると他者による、自然と強制)を提示する。その上で、軽いものや重いものが自然本来の場所へ移動する運動をめぐる「何によって動かされるか」という難問を考察し、連続的なものは自身を動かすことができず、動かすものと動かされるものが区別されねばならないことを示す。
- §8.4#2
軽重の運動原因とすべての運動原因の帰着
「可能的に」という概念の二つの意味を整理し、軽いものや重いものが本来の場所へ運動する原因(それらを生成した者や障害を取り除いた者)を明らかにして、動かされるものはすべて何ものかによって動かされているという結論を導く。
- §8.5#1
第一の動かすものと自身を動かすものの必然性
第一の動かすものが自律的あるいは媒介を介して動かす二つの様態を示し、さらに道具を用いた運動の有限性から「自身を動かすもの」および「不動の動者」の存在が必然あるいは合理的であることを論じる。
- §8.5#2
自身を動かすものにおける能動部と受動部の区分
動かすものが動かされるとき、運動が無限に遡ることは不可能であり、運動の種類が有限であるため、第一の動かすものは自身を動かすものか、あるいは不動の動かすものでなければならない。さらに、自身を動かすものは全体で自身を動かすのではなく、動かす能動的な部分と動かされる受動的な部分に分かれていなければならない。
- §8.5#3
自己運動者の構造と第一の動かすものの不動性
自己運動する全体は、不動の動かす部分と動かされる部分から成り、部分自体が自己運動することはない。これに基づき、自己運動するものの本質的構造と、本源的に動かすものが不動であることを論証する。
- §8.6#1
永遠の運動と唯一の不動の動者の必然性
永遠の運動には最初の永恒にして不動の動者が必要であることを示し、その動者は多数よりも一つ、無限よりも有限であることが自然の最善性から求められ、連続的な運動が一つの動者と一つの被動者によってのみ成立することを論じる。
- §8.6#2
付帯的にも不動な第一動者と永遠の被動者
生物のような自己運動者の運動は外部要因による付帯的なものに過ぎず不連続であるため、宇宙の永遠なる連続的運動を維持するためには、付帯的にも完全に不動である第一運動者が必要であり、これによって動かされる第一の被動者もまた永遠である。
- §8.7#1
三種の運動と第一の運動としての場所的移動
アリストテレスは運動の連続性とその種類について議論を始め、三つの運動(大きさ、状態、場所の運動)のうち、場所に関する運動(移動)が他のすべての運動の前提となる最初の運動であることを証明する。
- §8.7#2
場所的移動の時間的本質的優位と変化の非連続性
移動(場所的運動)が時間的・本質的に他の運動より先であることを示し、次いで対立する二つの変化の間には必ず静止(または時間的間隔)が介在するため、移動以外の変化は連続的たり得ないことを論じる。
- §8.8#1
有限な直線運動の折り返しと非連続性の論証
アリストテレスは、無限かつ連続的でありうる唯一の運動が円運動であることを示すため、有限の直線運動が不連続であることを論証する。直線上の折り返し地点では、可能的な中間点が現実的な始点および終点となるため、移動する物体は必ず一時的に静止しなければならない。
- §8.8#2
可能態と現実態による中間点とゼノンの悖論の解法
アリストテレスは、連続運動における中間点の実在性と折り返し運動における静止の必然性を、時間と空間の「現実態」と「可能態」の区別を導入することで説明し、ゼノンのパラドックスに対する真の解決策を提示する。
- §8.8#3
時間の分割点の帰属と折り返しにおける静止の必然性
時間の分割点が変化する事柄にとって「後の」状態に属することを論じ、時間の不可分説を否定する。また、連続的な往復運動においては折り返し地点での静止が論理的に要請されることを示す。
- §8.8#4
円運動の連続性と感覚物が常に動くという説の批判
アリストテレスは、直線上の運動が途中で静止を挟まなければ連続的でありえないことを論理的・自然学的に証明し、一方で円運動だけが唯一、自己完結的で連続的になりうることを示す。また、すべての感覚物が常に変化しているとする自然学者たちの説を批判する。
- §8.9
第一の運動としての円運動と移動の優位性
円運動が移動の中で第一の運動である理由と、場所的移動が他のあらゆる運動の中で第一のものである理由を論じ、全体を総括する。
- §8.10#1
有限な大きさと無限の運動能力の不両立性の証明
第一の動かすものが部分や大きさを持たないことを証明するため、その前提として「有限なものは無限の時間にわたり運動を引き起こせないこと」、「有限な大きさの中に無限の能力は存在しえないこと」、「無限な大きさの中に有限の能力は存在しえないこと」を数学的な比率を用いて証明する。
- §8.10#2
飛翔体の運動と不動の第一動者の無部分性
飛翔体の連鎖的な運動の仕組みを通じて媒体の働きを解明し、真に連続的な宇宙の運動を引き起こすのは不動の第一動者のみであることを論じる。その結果、第一動者は部分をもたない大きさなき存在であることが結論される。
