底本
Platonis Opera, Tomus V: Tetralogia VIII. Burnet, John, editor. Oxford: Clarendon Press, 1914.
原文データ出典
Perseus Digital Library · CC BY-SA (Perseus の利用条件による)
元ファイル: urn:cts:greekLit:tlg0059.tlg033.perseus-grc2
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翻訳と校閲
翻訳:Gemini 3.5 Flash(2026-05-22 公開)
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反映した修正(日本語訳と原文):AI校閲 3 件
最終更新:2026-10-10・変更履歴の一覧
要旨
本作は、ソクラテスと一人の同伴者による「法律(ノモス)とは何か」をめぐる対話篇である。同伴者は最初、法律を習慣や国家の決定と定義するが、ソクラテスは法律が本質的に善なるものであるとし、それは「実在の発見」を志向する真実の意見でなければならないと導く。各国の実定法の違いに対しては、医学や農耕などの専門技術と同様に、真実を知る専門家の正しい規則こそが真の法律であると論じられる。その優れた立法者の具体例として、ゼウスから教育を受けたとされるクレタの王ミノスが挙げられ、彼の正当性が詩人の権威を借りて称賛される。アテナイにおける彼の悪評は、悲劇詩人たちとの敵対による誤解であると説明される。最終的に、優れた立法者が身体への食物のように「魂」に対して何を分配すべきかという問いが投げかけられるが、同伴者はこれに答えることができず、己の魂についての無知を自覚させられる形で対話は幕を閉じる。
目次
6 チャンク
引用方式:section
- §313-314
法律の本質と真実の意見についての吟味
ソクラテスと同伴者は「法律とは何か」についての対話を始める。法律は習慣や国家の決定であるという同伴者の定義に対し、ソクラテスは法律が本質的に善なるものであることを示し、それが「真実の意見」であるべきだと導く。
- §315
実在の発見としての法と多様な習慣の差異
ソクラテスと同志は、真実の意見を「実在の発見」と定義し、法律もまた「実在の発見」を志向するものであると合意するが、同志は現実の多様な実定法や各民族の習慣の差異を指摘する。ソクラテスは、互いに長々と語るのではなく、対話と共同の検討を通じて合意を形成しようと提案する。
- §316
普遍的な真実と各専門技術における規則
ソクラテスと同志は、正しいことや重いことなどの真実のあり方は、国や時代を問わず共通して認められていることを確認する。さらに、医学、農耕、園芸、料理などの専門分野の書物も同様に、真実を知る専門家たちの「法律(規則)」であることを対話を通じて明らかにしていく。
- §317-318
真の法制と最古の立法者ミノスの権威
ソクラテスと同志は、様々な技術分野における正しい規則こそが真の法律(規則)であり、不正確な規則は法律ではないことに合意する。そしてソクラテスは、最も古く優れた法律の制定者としてクレタの王ミノスとラダマンテュスを挙げ、詩人の権威に依拠しながらミノスの正当性を称える。
- §319-320
詩人たちの証言によるミノスの神聖な立法
ソクラテスは、ホメロスやヘシオドスの詩を引き合いに出し、ミノスが神聖なゼウスの教育を受けた優れた法律制定者であったことを説明する。また、ミノスが美しいと信じた教育的な交わりに基づいてクレタの法律を定めたこと、そして彼の補助者たちの役割について語る。
- §321
ミノスの悪評の真相と魂を善くする立法
ソクラテスは、ミノスの悪評がアテナイという詩人と悲劇の盛んな都市と敵対し、劇中で悪者に描かれたためであると説明する。そして、優れた立法者は身体に食物と運動を分配するように、魂に何を分配するのかという問いを同伴者に投げかけるが、彼は答えることができず、自己の魂の内実を知らないことの恥ずかしさが語られる。
