底本
Platonis Opera Tomus IV: Tetralogia VIII. Burnet, John, editor. Oxford: Clarendon Press, 1905.
原文データ出典
Perseus Digital Library · CC BY-SA (Perseus の利用条件による)
元ファイル: urn:cts:greekLit:tlg0059.tlg030.perseus-grc2
Humanitext がクローン・再構成し、継続的に更新しています。
翻訳と校閲
翻訳:Gemini 3.5 Flash(2026-05-23 公開)
AI校閲 2026-09-22:検出 Gemini 3.8 Flash/判定 Gemini 3.8 Flash・GPT-6 Astra — 日本語訳 73 件・原文 7 件を修正
AI校閲 2026-10-12:検出 Gemini 3.8 Flash/判定 Claude Opus 5.5 — 日本語訳の修正なし
反映した修正(日本語訳と原文):AI校閲 80 件・表記の統一 3 件・読者の報告(AIが修正) 1 件
最終更新:2026-10-12・変更履歴の一覧
要旨
本作は、「正義とは何か」および「正義を貫く生き方は幸福をもたらすか」という問いを追求する、ソクラテスを主人公とする対話篇です。ソクラテスは若者たちとともに、個人における正義を解明する手がかりとして、理想的な国家の建設を頭の中で試みます。そこでは、国家の階層に対応する「魂の三区分(理性・気概・欲望)」の調和が正義として定義され、さらに国家を統治すべき「哲人王」のあり方や、最高原理である「善のイデア」が論じられます。後半では、国家と魂が堕落していくプロセスが描かれ、不正な僭主の悲惨さと正義の人の幸福が対比されます。最後は、模倣芸術への批判や魂の不死性が語られたのち、死後の魂の転生を描く「エルの神話」によって、思慮と正義をもって生きることの重要性が示されて締めくくられます。
目次
153 チャンク
引用方式:book.section
- §1.327-1.328
ペイライエウスの祭りとケパロスとの出会い
ソクラテスがグラウコンとともにペイライエウスの祭りを訪れた帰り道、ポレマルコスらに呼び止められて彼の家を訪れ、そこで再会した高齢のケパロスと老年のあり方について対話を始める。
- §1.329-1.330
ケパロスが語る老年と富の意義
ケパロスはソクラテスに対し、老年の苦しみは年齢そのものではなく個人の生き方に起因すると語り、情欲からの解放を歓迎する。また、富はあの世への恐れを和らげ、正しく生きるための手段として有益であると説明する。
- §1.331
正義の定義をめぐる問答とポレマルコスの継承
ケパロスは富が死への恐怖を和らげ正義を保つのに役立つと説き、ソクラテスは「正義」の定義(真実を語ることと借りたものを返すこと)に疑問を呈する。その後、ケパロスは退席し、息子のポレマルコスが議論を引き継ぐ。
- §1.332
友を利し敵を害するという正義の定義の吟味
ソクラテスとポレマルコスは、シモニデスの言う「正義とは各人に支払われるべきものを返すこと」の真意を検討し、それが「友人に利益を与え敵に害を与えること」であるという解釈に至り、様々な技術との比較を通じて、平和時における正義の有用性を検討し始める。
- §1.333-1.334
正義の有用性と善悪の誤認をめぐる難点
ソクラテスは、平和における正義の有用性が「物を使用しないとき」に限定されるという帰結を導き、さらに「何かを守るのが得意な者はそれを盗む(欺く)のも得意である」という議論から、正義が一種の盗みの技術になってしまう矛盾を示す。続けて、人間は主観的な好悪により「真の善人・悪人」を見誤るため、定義通りの正義が「善い人を害する」ことになってしまう難点を指摘する。
- §1.335
何者をも害しないことと正義の本性
ソクラテスとポレマルコスは「友人」の定義を、単に善いと思われる人ではなく「実際に善い人」へと修正する。さらにソクラテスは、いかなる人間であれ傷つけ害することは正義の働き(徳)ではなく、その反対の不正な働きであることを論証し、従来の定義を完全に退ける。
- §1.336-1.337
トラシュマコスの乱入と正義の定義の要求
ソクラテスとポレマルコスが「人を害することは正義ではない」と合意すると、トラシュマコスが激怒して割り込み、ソクラテスに対して自ら正義の定義を語るよう強く迫る。ソクラテスは自身の無知を盾に容赦を乞い、周囲の者たちも交えて対話の継続を促す。
- §1.338
正義とは強者の利益であるという主張
ソクラテスに促されたトラシュマコスは、正義とは「強者の利益」にほかならないと主張し、国々の支配者が己の利益のために法を制定してそれを正義とするのだと論じる。
- §1.339-1.340
支配者の過ちと厳密な意味における技術者
ソクラテスは、支配者が過ちを犯して自分に不利益な法律を作る可能性を指摘し、トラシュマコスの定義に潜む矛盾を暴く。ポレマルコスとクレイトポンが割って入った後、トラシュマコスは「厳密な意味での技術者は過ちを犯さない」という技術論を用いて自説を擁護する。
- §1.341
厳密な技術とその対象の利益をめぐる問答
トラシュマコスは厳密な意味での「支配者」は無謬であり、常に自らの利益を追求する存在であると再定義する。これを受けてソクラテスは、医師や舵手といった各種の「技術」の厳密な定義に基づき、技術の目的は技術そのものの利益ではなく対象の利益を求めることであると議論を始める。
- §1.342
技術の本質と被支配者の利益を図る真の支配者
ソクラテスは技術というものが本来その技術自体の利益ではなく、技術の対象となる弱い者の利益を追求するものであることを論じ、真の支配者も被支配者の利益のために働くものであることをトラシュマコスに認めさせる。
- §1.343-1.344
羊飼いの比喩と完全な不正の優越性の主張
トラシュマコスは正義の定義についての対話から逃れるようにして、支配者を羊飼いに例えつつ、正義とは本質的に強者の利益であり、完全な不正たる僭主独裁こそが最も幸福をもたらすと主張して立ち去ろうとするが、ソクラテスや聴衆に引き止められる。
- §1.345-1.346
支配や技術が目指す被支配者の利益と報酬の技術
ソクラテスは、不正が正義より有利であるというトラシュマコスの主張に反対し、いかなる支配や技術も、支配者自身ではなく被支配者(弱者)の利益を目指すものであることを、医術や羊飼い、さらに報酬獲得の技術との類比を用いて論じる。
- §1.347-1.348
優れた者が支配を引き受ける動機と不正への問い直し
ソクラテスは、優れた支配者が支配するのは自発的な利益のためではなく、劣った者に支配されるという最大の罰を避けるための強制によるものだと主張し、これにグラウコンも同意する。その後、ソクラテスはトラシュマコスに対して、不正が徳であり知恵であるとする彼の極端な主張について問い直し、議論を続ける。
- §1.349
正義と不正における過剰な要求と技術の類比
ソクラテスは、不正な者と正義の者の行動パターン(自分に似た者に勝とうとするか否か)を比較し、専門技術の知識(音楽や医術など)を持つ専門家は同じ専門家に対して勝とうとはしないが、素人に対しては勝とうとするという類比を用いて議論を展開する。
- §1.350
知恵と徳としての正義と無知としての不正の論証
ソクラテスは専門技術の類比から、知者(善者)は同類には勝ろうとせず、無知な者(悪者)は同類にも異なる者にも勝ろうとすることを示し、正義は知恵と徳であり不正は無知と悪徳であるとトラシュマコスに認めさせる。その後、議論の方法を巡って短いやり取りが交わされる。
- §1.351
不正が生む内紛と共同行動の不可能性
ソクラテスは、不正が本来的に内紛や憎しみを生み出して共同の行動を不可能にする性質を持つことを指摘し、不正の本質についてトラシュマコスと議論を進める。
- §1.352
個人の内紛と事物の固有の機能の導入
不正の本質的な働きは分裂と不和をもたらして共同の行動を不可能にすることであり、部分的な正義が残ることで初めて共同活動が可能になる。さらに「いかに生きるべきか」という問題に向けて、事物の「機能」という概念の導入が開始される。
- §1.353-1.354
魂の機能と徳による幸福と無知の自覚
ソクラテスは、馬や目の例を通じて「機能」と「徳」の相関を論じ、魂の機能(支配、熟慮、生)と、その固有の徳である正義について明らかにする。これによって正義の魂が幸福をもたらすことが示されるが、ソクラテスは正義の本質を定義する前に付随的な性質の議論に終始した自己の探求態度を反省し、結局何も知ることができなかったと結ぶ。
- §2.357-2.358
三種の善の分類とグラウコンの挑戦
第1巻の議論は序論にすぎず、グラウコンは三つの「善」の分類を提示した上で、正義がそれ自体のために追求されるべきであることを証明するようソクラテスに求める。グラウコンは正義の真の価値を引き出すために、まずは自分が不正の有利さを徹底的に代弁してみせると宣言する。
- §2.359-2.360
正義の契約起源説とギュゲスの指輪
グラウコンは、正義が社会契約に基づく「互いに不正を行わない合意」にすぎないと語り、透明になる「ギュゲスの指輪」の寓話を用いて、人間が自発的にではなく強制されて正義を行うにすぎないことを論じる。
- §2.361-2.362
完全な正者と完全な不正者の運命の比較
グラウコンは、完全に不正でありながら義人として最高の栄誉を得る者と、完全に正しい行為を貫きながらも悪人として悲惨な最期を迎える者の対比を描き、どちらが幸福かを問う。その後、アデイマントスが対話に介入し、正義の真の価値を示すには従来の称賛の論拠を改める必要があると主張する。
- §2.363-2.364
アデイマントスによる世間の正義賛美と詩人の批判
アデイマントスは、世間の親や教育者が正義を勧めるのは、正義そのものの価値のためではなく、それから得られる世俗的な評判や神々からの恩恵、報酬のためであることを指摘する。さらに、世間の言論や詩人たちが徳を困難なものとして描き、不正は容易で得になること、そして神々さえも生贄や祈りによって説得可能であることを説くことで、実質的に不正を助長している実態を批判する。
- §2.365-2.366
アデイマントスの要求:正義自体が魂に及ぼす力
アデイマントスは、若者が評判や神々への贖罪を重視する言説から不正と欺瞞の生き方を学びかねないことを指摘する。彼はソクラテスに対し、外的な利益や評判ではなく、正義と不正がそれ自体として魂にもたらす内的な影響を明らかにするよう求める。
- §2.367-2.368
ソクラテスによる国家の正義から探究する提案
アデイマントスは、正義それ自体の力と内的効果を示すようソクラテスに懇願して議論を終え、ソクラテスは二人の若者の高潔さに感嘆しつつ、個人の正義を解明するために、より大きな規模である国家の正義を先に観察するという「大きな文字」の比喩を提案する。
- §2.369-2.370
国家の起源と相互の必要による分業
ソクラテスは、個人よりも大きい国家における正義をまず探求することを提案し、アデイマントスと合意する。人間は自己充足的でないため、生存に必要な最低限の分業を行うことで最小の国家が生成し、さらに効率的な生産のために多様な専門的職能が必要とされるプロセスを描き出す。
- §2.371
交易・市場・賃労働者の導入と国家の完成
ソクラテスとアデイマントスは、国家の外部交易のために必要な輸入者(商人)、市国内での円滑な分配のために必要な市場と貨幣、そして取引を仲介する小売商や、肉体労働を提供する賃労働者の必要性を論じ、国家が完成した段階で正義と不正がどこにあるかを探ろうとする。
- §2.372-2.373
健康な国家から贅沢な国家への移行と戦争の起源
ソクラテスは必要最小限の自給自足的な「健康な国家」の素朴で平和な生活様式を描写するが、グラウコンはこれを「豚の国家」と批判し、贅沢や洗練された文化を要求する。これによりソクラテスは、欲望が肥大化し様々な専門職や軍事を必要とする「贅沢な国家」の分析へと移行し、国家間の土地奪い合いから生じる戦争の起源を指摘する。
- §2.374-2.375
専業の守護者の必要性と求められる素質
ソクラテスは国家の防衛のために専業の軍隊が必要であることを論じ、その守護者には技術、余暇、そして適した素質が要求されると指摘する。さらに、彼らは仲間には穏やかで敵には獰猛であるという、一見相反する性質を犬のように兼ね備えていなければならないと主張する。
- §2.376-2.377
守護者の愛知の素質と物語教育の監督
ソクラテスは犬が知人と見知らぬ人を識別する性質を知的(愛知家)と呼び、守護者には気概に加えて知を愛する素質が必要であると結論づける。そして、守護者育成のための教育として、体育に先んじる文芸(特に神話・物語)の吟味と、詩人たちの創作の監督の重要性を提示する。
- §2.378-2.379
神話の制限と神は善の原因であるという原則
ソクラテスは、ウラノスやクロノスの神話のように神々が互いに残虐な行為や反目を行う話を国家から排除すべきだと主張し、神話を創作する上での第一の基準として「神は本質的に善であり、良きことのみの原因であって、悪の原因ではない」という原則を提示する。
- §2.380-2.381
神は悪の原因ではなく姿を変えないという神学原則
ソクラテスは、神を悪の原因として描く物語を追放する第一の原則を確認した上で、第二の原則として、最善なる神は自らの姿を変化させることも人間を騙すこともないという不変性を証明する。
- §2.382-2.383
真の嘘の否定と神は人を欺かないという原則
ソクラテスは、実在に対する無知である「真の嘘」は神々にも人間にも忌むべきものである一方で、「言葉の嘘」は人間にのみ例外的に有用であると説明する。しかし、神は完全に純粋で真実な存在であり嘘をつく動機を持たないため、神々は変化して人を欺くことはないという「第二の型」が確立される。
- §3.386-3.387
冥界への恐怖と過度な哀悼の詩句の排除
ソクラテスは、若者たちが勇敢であるために、ハデスを恐ろしい場所として描写する詩句や用語を排除すべきだと主張し、また、優れた者は死を恐れず仲間の死を過度に嘆かないため、哀悼の描写も削除することを提案する。
- §3.388-3.389
過度な嘆きや笑いの禁止と守護者の節制
ソクラテスとアデイマントスは、守護者が不めげな勇気を保つために、詩歌から有名人や神々の過度な哀悼・嘆きの描写を排除することを合意し、さらに過度な笑いや不必要な嘘の禁止、そして若者における節制の重要性を論じる。
- §3.390-3.391
無節制や英雄の貪欲・傲慢を描く詩歌の禁止
ソクテラスは、支配者に対する不遜な言動や、神々の無節制な快楽、アキレウスなど英雄たちの欲深さや傲慢さを詩歌で描くことを批判し、これらを国家守護者の教育から排除すべきだと主張する。
- §3.392-3.393
人間についての話の保留と語り方の様態
ソクラテスとアデイマントスは、正義についての定義が未解決であるため人間に関する話の教育的基準の策定を保留し、話の内容から語り方の議論へと移行し、語りにおける「単純な叙述」と「模倣」の違いについて議論し始める。
- §3.394
詩の三分類と守護者による模倣の適否
ソクラテスは『イリアス』の別の場面を模倣のない単純な叙述に書き換えて見せ、詩を「模倣のみ」、「詩人自身の語りのみ」、「両方の混合」の3つに分類した上で、国家の守護者たちが模倣を専門に行うべきかどうかの検討を始める。
- §3.395-3.396
守護者による模倣の制限と善悪の語り方
ソクラテスとアデイマントスは、一人の人間が複数の異なる役割をうまく模倣することはできず、守護者たちもまた国家の守護に専念して卑しいものを模倣すべきではないと議論し、優れた者と劣った者の叙述スタイルの違いを考察する。
- §3.397
あらゆるものを模倣する語り手の国家からの排除
ソクラテスとアデイマントスは、卑俗な人間があらゆる事物や音を模倣する性質を指摘し、理想国家に受け入れるべき言葉遣いの型を検討する。その結果、各人が一つの役割に専念する国家において、多重の模倣を行う者は適合しないと結論づける。
- §3.398-3.399
詩人の追放と許容される旋法および楽器
ソクラテスたちは、何でも模倣する多才な詩人を国家から追放し、有益で厳格な詩人のみを用いることを決定する。さらに、音楽の調和についても、哀悼や軟弱なものを排除してドリア旋法とフリュギア旋法のみを残し、使用する楽器を制限することで国家を浄化する。
- §3.400-3.401
リズムの選定と諸技術における美の監督
ソクラテスは、リズムも調和と同様に言葉(魂の品性)に従うべきであることを示し、音楽だけでなく絵画や建築などあらゆる制作物においても美しく上品な品性の模倣を徹底させ、若者の魂を健康に育てるための監督の必要性を説く。
- §3.402-3.403
文芸教育の目的と正しい愛から体育教育へ
文芸教育を通じて理性が訪れる前に美醜を正しく感じ分ける力を培う意義が論じられ、魂と身体の調和、放縦を排した正しい愛(エロース)のあり方を規定した上で、体育(ギュムナスティケー)の教育へと話題を移行する。
- §3.404-3.405
質素な体育と医療や裁判への過度の依存への批判
ソクラテスは、守護者に必要なのは単純で健全な体育であり、贅沢な食生活は病気や訴訟を多発させると主張する。過度な医学や裁判への依存は、国家における教育の失敗を示す最大の証拠であると論じる。
- §3.406-3.407
無益な延命治療への批判と医学の本来の役割
ソクラテスは、ヘロディコスによって始められた、病気の治療を長引かせて無益な生を温存する現代医学を批判する。本来の医学は、大工のように国家で果たすべき固有の仕事を持つ市民が、速やかに健康を取り戻して職務に復帰するためのものであるべきだと論じる。
- §3.408-3.409
優れた医師と優れた裁判官の資質の違い
ソクラテスは、アスクレピオスの子息たちが行った治療法を例に引き、医療や司法の役割を論じる。医師が自ら多くの病を経験することで魂を通じて身体を治療するのに対し、優れた裁判官は若い頃に悪に染まることなく、年老いてから知性によって悪を認識しなければならないと説明する。
- §3.410-3.411
気概と愛智の調和を目指す体育と文芸の教育
ソクラテスは、適正な医術と裁判制度は市民の素質の良し悪しに応じて対処すべきであり、不治の魂を持つ者は排除されるべきだと論じます。また、体育と文芸は魂の「気概」と「知を愛する性質」の調和を目指すために両方とも不可欠であり、どちらか一方に偏ると野蛮または軟弱な人間になると警告します。
- §3.412-3.413
支配者たる守護者の選抜と試練の基準
ソクラテスは、神が人間に魂の気概と知を愛する部分の調和のために文芸と体育を与えたと述べ、国家の支配者たるべき守護者を選抜する基準として、国家の利益を生涯守り通し、いかなる誘惑や強制にも屈しない者を見極める試験について議論する。
- §3.414-3.415
高貴な嘘と四つの金属の神話の導入
ソクラテスは国家の支配者と補助者の最終的な選定・呼称基準を定義し、市民の愛国心と身分秩序の調和を維持するために、「地中育ち」と「四つの金属」からなる神話(高貴な嘘)を語ることを提案する。
- §3.416-3.417
守護者の私有財産禁止と共同生活の規定
ソクラテスは守護者たちが支配者や市民に危害を加える凶暴な存在にならないよう、私有財産や個別住居の禁止、共同生活、金銀の不所持を法制化することを提案し、グラウコンが同意する。
- §4.419-4.420
守護者の幸福と国家全体の調和的な幸福
アデイマントスは、守護者たちが支配者でありながら私有財産や自由を持たず不幸せであるという疑問を呈し、ソクラテスは国家建設の目的が特定階層ではなく国家全体の調和的な幸福にあることを、彫像の彩色の比喩等を用いて説明する。
- §4.421-4.422
富と貧困の排除と富裕な敵国に対する戦い方
ソクラテスは、特定の階層ではなく国家全体の幸福を目指すべきであり、そのために職人を台無しにする富と貧困を排除しなければならないと説く。また、財産を持たない我が国が、どのようにして富裕な複数の敵国に対して有利に戦えるかを説明する。
- §4.423-4.424
国家の適正規模と文芸や体育の秩序維持
ソクラテスは、国家が貧富によって分裂するのを避けて「一つの国家」であり続けるための適正な規模を定め、そのためには体育や文芸における既定の秩序と教育を揺るぎなく維持することが最重要であると説く。
- §4.425-4.426
教育による自律と枝葉の法律制定の無用さ
ソクラテスは、教育によって法を重んじる精神が培われれば、取引や道徳に関する細かな法律や規制をわざわざ制定する必要はないと説く。また、根本的な体制の病巣を改革せずに枝葉の法律を制定・改正し続けることは、不摂生な病人が治療を拒んで新しい薬を求めることや、ヒュドラの首を切り続けるようなものであり、無益であると論じる。
- §4.427-4.428
宗教法の委託と国家に内在する知恵の探求
ソクラテスと対話者たちは、国家を規制する細かな実務法は不要であり、宗教・祭祀等の大いなる法はデルポイのアポロンに委ねるべきであると合意して、国家を完成させる。次いで、この最善の国家に内在する「知恵」という徳の実体について議論し、それが一般の技術的知識ではなく、国全体を支配する指導者たちの「守護の知識」であることを突き止める。
- §4.429
支配者の知恵と恐るべきものに関する勇敢の定義
ソクラテスは、最も少ない支配者階層の持つ知識(守護の知識)によって国家が「知恵」を持つことを示し、続いて「勇敢」の探求に移る。勇敢とは、立法者が教育を通じて示した「恐るべきもの」に関する信念を、快楽や苦痛などの如何なる状況下でも保ち続ける一種の保全であり、染物師が羊毛を染め上げる際の下処理に喩えられる。
- §4.430-4.431
市民的勇気の規定と節制における自己統御の意義
ソクラテスは勇気の本質について、教育による正しい信念の強固な維持であるとし、これに「市民的勇気」の規定を与える。続いて、節制について議論を始め、「自分に打ち勝つ」という言葉の多層性を魂の優れた部分による劣った部分の支配として説明する。
- §4.432-4.433
全体の調和としての節制と本分を果たす正義
ソクラテスは、節制が国家全体に及ぶ調和であると述べた後、残る最後の徳である正義の探索を始める。彼らは「各自が本性に従って自らの本分を果たすこと(自分のことを行うこと)」こそが正義の正体であることを突き止める。
- §4.434-4.435
国家における不正の規定と個人の魂への適用
ソクラテスとグラウコンは、各人が自己の分を果たすことこそが国家の正義であり、その違反である階級間の越権行為が不正であることを論じた上で、この定義を個人に適用し、魂の三区分の探求へと進み出る。
- §4.436
魂の三分説の提起と無矛盾律の導入
ソクラテスは、国家の三つの気質が個々の市民に由来することを示し、魂が単一の全体として働くのか、それとも三つの異なる部分(知恵、気概、欲望)で異なる働きをするのかという問いを立て、その検討のために無矛盾律を提示する。
- §4.437
無矛盾律の確認と魂の相反する欲求の分析
ソクラテスは、同一のものが同じ点において相反する作用を同時に行ったり被ったりすることはないという基本原則を確認し、これを渇きや飢えといった魂の具体的な欲求とその反対の作用(拒絶)に適用して整理する。
- §4.438
関係概念の論理と対象そのものへの欲求
ソクラテスは、あらゆる欲求は「善いもの」に向けられているという反論を想定し、関係概念の論理を用いて、渇きそれ自体は単に飲み物それ自体に向けられていることを説明する。
- §4.439-4.440
魂の理性的部分と欲望的部分および気概の区別
渇きが対象に関わらず単に飲み物自体を求め、これに対抗する力が魂に存在することから、魂を「理性的部分」と「欲望的部分」に分割する。さらに、怒りや憤りをつかさどる「気概的部分」が欲望と闘い、理性の味方となる第三の部分であることを示す。
- §4.441-4.442
魂の三分説の完成と個人の四元徳の成立
ソクラテスとグラウコンは、魂の第三の部分である「気概」が理性的部分の同盟者であることを確認し、個人における知恵、勇気、節制、正義が魂の三つの部分の調和によって成立することを定義する。
- §4.443
個人の正義と魂の三部分の内的な調和
ソクラテスとグラウコンは、魂の各部分が自己の仕事を果たす状態が正義であることを再確認し、個人の具体的な徳の行為や心の調和が音楽に喩えて記述される。
- §4.444-4.445
魂の健康としての正義と五つの政体
ソクラテスとグラウコンは、正義が魂の各部分が本性に従って調和した健康状態であるのに対し、不正はそれらの内紛や反乱による病気の状態であることを確認する。さらに、魂のあり方は国家のあり方と同様に五つのタイプに分類でき、現在の正しい国家(君主制または貴族制)がその第一の形をなすことを提示する。
- §5.449-5.450
対話者たちによる妻子の共有についての説明要求
ソクラテスが最善の国体に続く四つの堕落した国体について語ろうとしたところ、ポレマルコスやアデイマントス、さらには他の対話者たちに呼び止められ、以前に看過された「妻子の共有」の具体的な方法や養育のあり方について、詳細な説明を求められる。
- §5.451-5.452
女性守護者の役割と男女共通の教育
ソクラテスは、真理を誤って語ることが友人たちを騙す大罪になり得るという懸念を示し、グラウコンからの放免の確約を得て、男性と女性の類似性から女性の守護者としての役割や共同の教育(体育・文芸)の必要性を番犬の比喩を用いて論じる。
- §5.453-5.454
男女の本性の差異と社会的役割の適合性
ソクラテスとグラウコンは、女性が男性と同じ社会的役割を担うことの可能性と、それが「異なる本性は異なる仕事をすべきである」という建国の原則に矛盾しないかを検証する。彼らは、単なる言葉の対立に陥るのではなく、仕事の実質に関連する本性の差異を正しく区分して議論すべきであることを明らかにする。
- §5.455-5.456
男女の素質の共通性と女性への共通教育の可能性
ソクラテスは、女性と男性の自然が特定の活動(国家の守護など)において原理的に同じであることを、個人的な素質の差異を基準にして論じる。そして、女性の守護者にも男性と同じ教育(文芸と体育)を施すことが可能であり、かつ国家にとって最善であることを明らかにする。
- §5.457-5.458
守護者における妻子共有の法と婚姻の統制
ソクラテスは、女性守護者が教育を通じて徳を衣服のように身にまとい、男性と同じく守護の任務に就くべきであること、そして守護者の間では妻と子供が共有されるべきであるという新たな基本法を提案します。さらに、この共同生活において男女の結合は、幾何学的必然ではなく性愛的な必然によって引き起こされるため、支配者による厳格な婚礼の規制が必要になると述べます。
- §5.459-5.460
動物の繁殖の類比による生殖管理と適齢期
ソクラテスは、動物の繁殖の類比から、人間の優れた男女を最盛期に交配させ、その秘密の管理と優秀な血統の育児制度を導入すべきだと説く。女性は20〜40歳、男性は最盛期を過ぎてから55歳までを適齢期とする規定を提案する。
- §5.461
無許可の生殖の禁止と世代による親族関係の擬制
ソクラテスは出産適齢期を外れた交配や支配者の許可なき交配を不道徳として禁じる一方で、適齢期を過ぎた男女の自由な交わりを認め、血縁関係を擬制する方法について説明する。
- §5.462
国家の結束という最大の善と快苦の共有
ソクラテスとグラウコンは、国家における最大の善を「結束」、最大の悪を「分裂」と定め、市民が喜びと痛みを共有し、「私のもの」という言葉を同じものに対して同時に使う状態が最善の国家であると論じる。
- §5.463-5.464
理想国家の人間関係と私的所有の排除による内紛の消滅
ソクラテスとグラウコンは、理想国家と他国の人間関係(支配者と民衆、支配者同士)の違いを対比し、理想国家における家族関係の徹底と「私のもの」という言葉の共有が最大の善(快痛の共有)をもたらすことを議論する。また、私有財産や妻子の私有を排除することで、内紛や訴訟が消滅することを明らかにする。
- §5.465-5.466
守護者の幸福と戦争における子供の教育
ソクラテスは、私有財産のない守護者たちの生活が、対立や不和から免れ、オリンピアの勝者よりもはるかに幸福であることを論じる。そして、妻子の共有が最善の道であり、それが可能かどうかを検討するために、まずは戦争における子供の教育のあり方に言及する。
- §5.467-5.468
子供の戦争見学と優秀な戦士への褒賞
ソクラテスは、将来の戦士となる子供たちに安全に戦争を見学させる方法を提案し、続いて戦場での功績者に対する口づけなどの褒賞や、戦死した優秀な戦士を「黄金の種族」として称えることを議論する。
- §5.469-5.470
戦死した守護者の埋葬とギリシア人同士の戦争の制限
ソクラテスとグラウコンは、戦死した守護者の埋葬方法を議論し、ギリシア人同士の戦争(内紛)と蛮族との戦争を区別し、ギリシア人に対する過度な破壊行為を制限することを合意する。
- §5.471-5.472
ギリシア人同士の内紛の規律と理想国の実現可能性
ソクラテスは、理想国におけるギリシア人同士の争い(内紛)は好意的な規律化に留まるべきであり、その最善の戦闘力について論じる。グラウコンが国制の実現可能性を問うのに対し、ソクラテスは理想的な手本としての価値を説明する。
- §5.473-5.474
哲人王の思想と哲学者についての定義の開始
ソクラテスは、理論と実践の違いを指摘しつつ、哲学者による統治が実現すれば最高の国制が可能になると主張し、哲学者とはいかなる存在かを定義しようとする。
- §5.475-5.476
哲学者の定義と美それ自体を観照する者
ソクラテスは、対象の全体を愛する者こそが真の愛好者であるという前提から、知恵の全体を愛する者を哲学者と定義し、個々の美しい事物を愛する見世物好きの者と、美それ自体のイデアを観照できる真の哲学者を区別する。
- §5.477-5.478
知識と無知の中間としての思わくの定義
ソクラテスとグラウコンは、「あるもの」に対応する知識と、「あらぬもの」に対応する無知との中間として、「あり、かつ、あらぬもの」に対応する「思わく」を定義し、それらを可能にする精神的な「能力」の性質について議論する。
- §5.479-5.480
思惑を愛する者と哲学者としての愛智者の区別
ソクラテスは、美そのものを認めず個々の美しいもののみを認める見物好きな人々(愛意見者)の対象は、実在と非存在の中間にあり、それゆえに思わく(意見)の対象であることを明らかにする。一方で、実在そのものを愛する者を哲学者(愛智者)と呼ぶ。
- §6.484-6.485
守護者たる哲学者に求められる本性と特質
ソクラテスは、哲学者の本性を定義して国家の守護者たるべき理由を明らかにするため、真理と知恵に対する愛、そして肉体的快楽や富に対する超然とした態度など、哲学的な性質が備えるべき諸特徴をグラウコンと検討する。
- §6.486-6.487
哲学者の魂の徳とアデイマントスの反論
ソクラテスとグラウコンは、哲学的な魂が備えるべき記憶力や節度などの徳について論じる。その後、アデイマントスが対話に加わり、実際の哲学者が国家にとって無用な者に見えるという現実的な難問を提起する。
- §6.488-6.489
国家の船の比喩と哲学者が無用とされる理由
ソクラテスは「国家の船」の比喩(船医や船主、船員たちの争い)を用いて、航海術の知識を持たない船員たちが操舵権を争い、真の操舵手(哲学者)を無用な星見として侮蔑する構図を示し、真の哲学者が国家で重んじられない理由を説明する。
- §6.490-6.491
真の哲学者の本性と優れた素質の堕落
ソクラテスは、真理を追求する真の哲学者の本性を再確認した上で、最も優れた素質を持つ魂ほど、不適切な養育環境によって最も深く破壊され、重大な悪を生み出す原因になりうると主張する。
- §6.492-6.493
大衆による哲学的素質の堕落と巨大な獣の比喩
ソクラテスは、優れた哲学者の資質がいかに世論や大衆の喝采・非難によって歪められるかを説き、ソフィストたちの教育とは大衆という巨大な獣の好悪を観察して迎合する技術にすぎないと批判する。
- §6.494-6.495
優れた素質の脱落と不相応な者による哲学の汚名
ソクラテスは、群衆は美そのものを理解できず哲学を非難せざるを得ないこと、優れた素質を持つ者が周囲のへつらいや妨害によって哲学から脱落し、代わりに不相応な職人たちが参入して哲学の尊厳を損ねている状況を指摘する。
- §6.496-6.497
壁の陰に身を寄せる哲学者と相応しい国家
ソクラテスは、不相応な者が哲学を掠め取ることで不当な非難が生じる一方で、本物の哲学者が現実国家の中で生き延びる困難さを嵐の日の壁の陰に例えて説明し、彼らを生かすための最善の国家体制の必要性を論じる。
- §6.498-6.499
年齢に応じた哲学教育と理想国家の実現可能性
ソクラテスは、現在の青年期における不完全な哲学教育を批判し、年齢に応じた正しい教育段階のあり方を提示するとともに、将来の哲人王の出現や理想国制の実現可能性についてアデイマントスと論じ、大衆の偏見をなだめる必要性を説く。
- §6.500-6.501
神的な模範を写す画師としての哲学者
ソクラテスは、哲学者を神的な宇宙の秩序を模倣して国制を形作る「画師」にたとえて解説し、この本性が正しく理解されれば大衆の不信感も解消されるだろうと述べる。
- §6.502-6.503
哲人統治の実現可能性と守護者の資質
ソクラテスは哲学者による支配の実現可能性を論じ、適切な指導者が法律を制定すれば市民がそれに従うことは不可能ではないと主張する。その上で、最も厳密な守護者である哲学者に必要な資質の稀少性を指摘し、知的鋭敏さと安定性を兼ね備えた人物を選抜・育成するための多大な試練と学問の必要性を説明する。
- §6.504-6.505
最大の学びとしての善のイデア
ソクラテスは、国家の守護者にとって最も重要かつ不可欠な学習が「善のイデア」であることを明かす。そして、世間における善への誤解を退けつつ、すべての魂が根源的に追求する真実の善を知ることの絶対的な重要性を論じる。
- §6.506-6.507
善の子供の探求と感覚と知解の区別
ソクラテスは、善のイデア自体の定義を避ける代わりに、その子供(利息)にたとえられる「光」を導入する。その前段階として、多数の美や善といった感覚対象と、単一のイデアという思惟対象を区別し、視覚の成立には光という第三の要素が必要であることを説明する。
- §6.508-6.509
太陽の比喩と善のイデアの優越性
ソクラテスは「善のイデア」を太陽に比喩して説明し、太陽が視覚と可視性を可能にするように、善のイデアは知性と認識対象を可能にし、それ自体は実在(存在)をも超越していると語り、続いて「線分の比喩」の導入を始める。
- §6.510-6.511
線分の比喩と魂の四つの認識状態
ソクラテスは、見える領域と知性に捉えられる領域をさらに二分する「線分の比喩」を提示し、幾何学などの前提を用いる思考と、問答法によって無前提の原理へと昇りつめる純粋な知性を対比して、魂の四つの状態を定義する。
- §7.514-7.515
洞窟の比喩と囚われた人間の状態
ソクラテスは、人間の教育と無教育の状態を説明するために「洞窟の比喩」を提示する。地下の洞窟に縛り付けられ、火によって投影された人工物の影のみを真実と信じ込んでいる囚人たちの様子と、そのうちの一人が解放されたときの当惑が描かれる。
- §7.516
光への適応と太陽の観照の過程
洞窟から引きずり出された囚人が次第に光に慣れ、最終的に太陽そのものを観照してその世界の真理を理解する過程と、彼が洞窟に連れ戻された際に受けるであろう拒絶について論じられる。
- §7.517-7.518
洞窟の比喩の解釈と魂を転向させる教育
ソクラテスは洞窟の比喩の各要素が何に対応するかを解説し、「善のイデア」が認識の最高目標であり実践の光であることを明かす。また、教育の本質とは外部から知識を流し込むことではなく、魂全体を生成の世界から実在の領域へと「転向」させることであると論じる。
- §7.519-7.520
哲学者の洞窟への帰還と統治の義務
ソクラテスは、邪悪だが優秀な知性を持つ者の能力を正しい方向(善のイデア)へ向けさせる必要性を説き、教育の本質を論じる。また、哲学者となった者が国家の支配に携わることは当然の義務であり、支配を拒む者こそが最善の支配者となることを示す。
- §7.521-7.522
哲学者教育の第一歩としての数と計算
ソクラテスは、支配者にふさわしい哲学者の育成のために、生成変化から実在へと魂を転向させる教育が必要であることを示し、その第一歩として「数と計算」を挙げる。
- §7.523-7.524
思考を促す感覚と知性を呼び覚ますもの
感覚のうち、あるものは思考を刺激せず、別のものは相反する性質を同時に提示することで知性を実在の探求へと招き寄せることを論じる。指の例を用いて、相反する性質を含まない単純な感覚と、大小や硬軟などのように思考を促す不完全な感覚の違いを示す。
- §7.525
数の探求による実在への導きと計算術の必要性
ソクラテスとグラウコンは、数の性質、特に「1」が同時に多を指し示すという自己矛盾的な側面が、いかに魂を真理と実在の探求へと誘うかを論じ、計算術と数論が守護者の教育にとって不可欠な学問であることを確認する。
- §7.526-7.527
計算術の効用と幾何学および天文学の導入
計算術(数学)がただ知性によってのみ把握される実在を扱い、魂を真理へと導くものであることを確認したのち、第二の学習科目として幾何学を、第三として天文学を提示する。
- §7.528-7.529
立体幾何学の重要性と真の天文学の探求
ソクラテスとグラウコンは、平面幾何学の後に未発達の立体幾何学を本来置くべきであったと反省し、天文学を四番目の学問に据えた上で、目に見える天空の観測に終始する既存の天文学を批判し、真の天文学は理性によって超感覚的な真理を捉えるべきであると主張する。
- §7.530-7.531
天文学と和声学の真の探求および弁証法への序奏
ソクラテスは、天文学と和声学(調和の学問)が感覚の対象から離れてイデア的で数的な比例関係を追求すべき予備学問であることを説明し、それらが究極の対話術(弁証法)という本論に至るための「序奏」にすぎないと主張する。
- §7.532-7.533
問答術の本質と諸学問における優位性
ソクラテスは問答術(対話術)を、魂を可視的なものから知的なるものの極限へと導く究極の「法(歌)」として位置づける。また、前提(仮設)を未解決のまま放置する他の学問とは異なり、問答術のみが前提を廃棄して第一原理に到達し、魂の目を引き上げる力を持つことを解説する。
- §7.534-7.535
認識の四区分と問答術を学ぶ者の選抜
ソクラテスは線分の比喩を整理して魂の状態を再定義し、善のイデアを問答術によって定義する重要性を語る。さらに、最高学問たる問答術を修める支配者候補の選抜において、肉体的および精神的に強靭で調和のとれた本性を持つ者を選ぶべきだと主張する。
- §7.536-7.537
教育の段階的選抜と総合的視野の育成
ソクラテスは哲学者選抜の基準として徳の真偽を見極める重要性を語り、若年期には強制せず遊びの中で教育を行うべきであると主張する。さらに、20歳と30歳の段階での選抜プロセスと、諸学問を統合する総合的視野(問答術的資質)の必要性、そして問答術の早期導入に伴う危険性について論じる。
- §7.538-7.539
問答術の早熟な学習がもたらす危険と受講資格
ソクラテスは、拾い子の比喩を用いて、若い頃に安易に問答術(弁論)に触れることが、既存の道徳的信念(法)への敬意を失わせ、不法で快楽的な生き方に陥らせる危険性を説明する。そのため、問答術の教育は30歳を過ぎた十分に堅実な人物に対してのみ、長期間の訓練として慎重に行われるべきだと主張する。
- §7.540-7.541
哲人統治者の任官と理想国家樹立の手段
ソクラテスは、哲人統治者が50歳に達したときに善のイデアを直視し、国家を統治する義務を負うプロセスを説明する。また、理想的な国家と国制を迅速に樹立するための具体策として、10歳以上の全住民を追放し、子供たちを新しい道徳と法律の下で育てる方法を提示し、国家と個人に関する議論を締めくくる。
- §8.543-8.544
理想国家の再確認と四つの不完全な国制の提示
ソクラテスとグラウコンは、最善の国家における妻子の共有などの合意事項を再確認したうえで、かつて中断された4つの誤った国制(クレタ・ラケバイモン、寡頭制、民主制、僭主制)とそれらに対応する魂の性格についての議論を再開することを合意する。
- §8.545-8.546
最善国家の衰亡と幾何学的数
ソクラテスとグラウコンは最善の国制(アリストクラティア)からより劣った四つの国制への変化を検討することを合意し、ムーサたちの高遠な語りを通じて、国家の崩壊をもたらす「幾何学的数」(プラトンの数)の神秘的な計算と世代の質の劣化を提示する。
- §8.547-8.548
名誉支配政への移行とその支配者の特徴
支配階級の中に金属の混淆による内紛が生じることで、アリストクラティアから中間的な国制であるティモクラティア(名誉支配政)への移行が語られ、その支配者たちの戦士的で名誉を重んじつつも富を隠し貪る性格が描かれる。
- §8.549-8.550
名誉支配的人間の形成と寡頭政への移行
名誉支配体制に対応する個人の性格とその誕生プロセスが、母親や周囲の影響を踏まえて描写され、続いてその体制が寡頭政へと変質していく最初の原因が論じられる。
- §8.551-8.552
寡頭制の成立と富による支配の諸欠陥
ソクラテスとアデイマントスは、財産査定に基づく寡頭政(オリガルキア)の樹立過程と、それが抱える根本的な欠点(能力無視の支配、富者と貧者の分断、軍事力の不全、完全な貧者の創出、国家の病たる「雄蜂」としての犯罪者の出現)について議論する。
- §8.553-8.554
寡頭的人間の形成過程と魂の変容
ソクラテスとアデイマントスは、名誉支配的な人間から寡頭政的な人間への移行とその形成過程を論じ、父親の失脚によって名誉や気概を捨てて金儲けに執着するようになる息子の魂の変容と、その人物が持つ欲望の抑制と分裂という特徴を分析する。
- §8.555-8.556
貧困層の増大と寡頭制から民主制への移行
ソクラテスは、寡頭政国家における富への執着が若者の放縦と貧困、そして借金と市民権喪失に苦しむ革命的階層を生み出すプロセスを分析し、肉体的に衰退した富者と頑健な貧者の対峙が民主政革命を引き起こす様子を説明する。
- §8.557-8.558
民主制の特徴と民主的人間の欲望の分析
ソクラテスは、貧民の勝利によって誕生する民主政の特徴として、自由、多様性、寛大さ、無支配などを挙げ、それが極めて魅力的である一方、平等を無差別に配分する国制であることを指摘する。さらに、これに対応する民主政的人間の誕生を分析するため、寡頭政的人間の息子を導入し、欲望の定義の議論を開始する。
- §8.559-8.560
欲望の区分と民主政的人間の誕生
ソクラテスは「必要不可欠な欲望」と「必要不可欠でない欲望」の違いを食事を例に定義し、倹約家である寡頭政的な父親から育った若者が、放蕩な「雄蜂」たちとの交わりを通じて自らの魂のアクロポリスを非必要な欲望に占拠され、民主政的人間へと変貌していく過程を描写する。
- §8.561
民主政的人間の気まぐれで多様な生活様式
ソクラテスは、寡頭政的な若者が民主政的な人間へと変化し、人生に特定の秩序を設けることなく、そのときどきに生じるあらゆる欲望を等しく満たしながら生きる多面的で多彩なライフスタイルを描写する。
- §8.562-8.563
過度な自由による民主政の崩壊と放縦の極限
ソクラテスは民主的な人間を位置づけた後、過剰な自由への貪欲が民主政を崩壊させ、僭主政へと至らせる過程を議論する。民主政下ではあらゆる秩序が崩壊し、親子、教師と生徒、主人と奴隷、さらには動物の間でも平等と放縦が極限に達することを指摘する。
- §8.564-8.565
民主政の三階級と民衆の保護者から僭主への変貌
ソクラテスは、極限の自由が過酷な奴隷状態(僭主政)を招くメカニズムを解説する。民主政国家における三つの階級(雄蜂、富裕層、平民)の対立、そして平民の保護者が人食い狼(僭主)に変貌する神話的プロセスを述べる。
- §8.566-8.567
僭主の権力確立と対外戦争や粛清による支配
民主政の指導者が僭主へと変化する具体的な過程を説明し、彼が権力を維持するために他国との戦争を誘発し、国内の優秀な市民たちを排除していく悲惨な支配体制を描き出す。
- §8.568-8.569
護衛隊の維持と民衆を抑圧する僭主の専制
ソクラテスとアデイマントスは、僭主が従来の善良な市民を排除して解放奴隷などを護衛とすること、および詩人たちが僭主制を賛美することを語る。さらに、その軍隊の維持費が民衆から賄われ、ついには民衆(父親)が自らの生み出した僭主(息子)によって武装解除され抑圧される過程を描き、民主制から僭主制への移行の議論を締めくくる。
- §9.571-9.572
睡眠中に現れる無法な欲望と民主的人間の回顧
ソクラテスは僭主的な人間の分析を始めるにあたり、人間の魂に潜む「無法で野蛮な欲望」が睡眠中に顕在化する様子を説明し、その後、かつて論じた民主的な人間の形成過程を振り返る。
- §9.573-9.574
僭主的人間の誕生と欲望に支配された破滅的生き方
僭主的な人間の誕生とその生き方が説明される。その魂の中に植え付けられた狂暴な「エロース」という支配者が、彼を節制から遠ざけ、ついには父母の財産を強奪し、他者への略奪を行う破滅的な生活へと駆り立てる。
- §9.575-9.576
僭主的人間の極悪さと僭主国家の悲惨さの比較
ソクラテスは、エロースに支配された僭主的な人間が、私生活や国家においていかに無秩序で不正な極悪人になるかを論じる。さらに、僭主体制の国家と僭主的人間との類似性を指摘し、王制国家が最善で最も幸福であるのに対し、僭主国家は最悪で最も惨めであることを確認する。
- §9.577
僭主の判定基準と僭主的人間の魂の奴隷状態
ソクラテスは、外見の虚飾に惑わされずに僭主の家庭内や公の私生活をよく知る人物こそが、その幸福と惨めさを判定するのにふわしいと語り、僭主支配された国家が最悪の奴隷状態にあるのと同様に、僭主的な人間の魂もまた最悪の奴隷状態にあることをグラウコンと合意する。
- §9.578-9.579
権力を握った真の僭主の恐怖と極度の悲惨さ
ソクラテスは、私人の生活を送る僭主的な人間よりも、実際に権力を握って僭主となった人間のほうが、四方を敵に囲まれ、常に恐怖と欲望に苛まれるため、より惨めな状態にあることを論証する。
- §9.580-9.581
五つの体制の幸福判定と魂の三つの部分の快楽
ソクラテスとグラウコンは、五つの国家体制とそれに対応する人間の幸福度について、王者的な者を第一に、僭主的な者を最下位として判定し布告する。さらに魂の三つの部分(理知的、気概的、欲望的)とそれぞれに対応する三つの快楽(知恵、名誉、利得)を提示し、どの生き方が最も愉しいかをめぐる議論を開始する。
- §9.582
快楽を判定する基準と知恵を愛する者の優位
ソクラテスとグラウコンは、魂の三つの部分に対応する生き方と快楽のどれが最も愉しいかを判定するための基準を議論する。彼らは、経験、思慮、ロゴス(言論)の三つをすべて備えているのは哲学者(知恵を愛する者)だけであり、したがって哲学者の判定が最も真実であるという結論に達する。
- §9.583-9.584
快楽の序列と苦痛の不在による錯覚
ソクラテスは思慮ある者の快楽が最も優れており、愛財的な者の快楽が最下位であることを論じた後、苦痛の不在を快楽と錯覚する魂の平穏状態の欺瞞性を、上下・中間の比喩を用いて暴く。
- §9.585-9.586
魂の充足による真実の快楽と理性の優位
ソクラテスは、真理に無経験な者が陥る快楽と苦痛の幻影を空間的な上下運動に例え、魂の世話(知性や徳)による充足こそが真の実在に与る真実の快楽であると説く。さらに、各部分の欲求が理性の導きに従うとき、最も真実で固有の快楽が得られると結論づける。
- §9.587-9.588
王と僣主の快楽の比率と魂の三部分の形象
ソクラテスは、王者的(正義の)人と僣主的(不正な)人の快楽の差を数学的に算出し、前者が後者より729倍快く生きていることを示す。続いて、不正を行うことの損得を検証するため、魂の三つの部分を「多頭の獣」、「ライオン」、「人間」に喩えた有名な肖像を言葉によって形作り始める。
- §9.589-9.590
正義の利益と理性による魂内の獣の統御
理性の部分が多頭の野獣とライオンを制御し、魂全体を統治することこそが正義であると論じられ、不正による利得が魂の最善の部分を奴隷化する破滅的行為であることが示される。
- §9.591-9.592
魂の調和の優先と天の国制に基づく生き方
ソクラテスとグラウコンは、分別の有る者が魂の調和(内なる国制)を最優先にして学び、身体、財産、名誉を律し、現実の国家ではなく言論の中の「天の国制」に従って生きるべきであることを論じる。
- §10.595-10.596
模倣詩の追放の再確認と鏡の比喩による模倣の本質
ソクラテスは、魂の三区分説を踏まえ、模倣(ミメーシス)にかかわる詩を国から排除する方針を再確認する。その上で、模倣の本質を解き明かすために、多数の個物に対して一つのイデアを置くというおなじみの方法に基づき、鏡に映る現れ(現象)を制作する職人の比喩を用いて、画家の制作も真実のものではないことを議論し始める。
- §10.597
三種の寝台と真理から三番目の模倣者
ソクラテスとグラウコンは、神、職人、画家という三者の作る「寝台」を対比し、模倣者である画家や悲劇詩人は真理(イデア)から数えて三番目の位置にあることを論じる。
- §10.598-10.599
現象の模倣と詩人が持つ知識の吟味
ソクラテスは、画家の模倣術があるがままの実在ではなく見えるままの現象を対象とするため、真理から極めて遠いことを示し、ホメロス等の詩人も真理の知識を持たない模倣者なのか吟味を提案する。
- §10.600-10.601
ホメロスの実生活の功績と三つの技術の区別
ソクラテスは、ホメロスが戦争の指揮、優れた発明、あるいは私的な教育制度において何の具体的功績も残していないことを指摘し、詩的な模倣を、真理に基づかない単なる表面的な言葉の装飾として批判するとともに、事物の認識には「使用」「制作」「模倣」の三つの階層があることを提示する。
- §10.602
模倣者の無知と魂の劣悪な部分への働きかけ
ソクラテスは、模倣者が真の実在や正しい信念を持たず、無知な大衆を欺くことに長けていることを示す。また、模倣の対象となる感覚的な幻影(錯視など)は、魂の理性的な部分ではなく、より低い非理性的な部分に働きかけるものであると論じる。
- §10.603-10.604
模倣詩の働きかけと理性的自制と感情の対立
ソクラテスは、模倣術(特に詩作)が魂の理性的で最善の部分ではなく、錯覚に惑わされ感情に流されやすい劣った部分に働きかけることを、人間の悲嘆と理性的自制の対比を通じて論じる。
- §10.605-10.606
模倣詩人の国家追放の理由と魂への弊害
魂の最善の部分(理性的部分)ではなく劣った部分(感情的部分)に働きかける模倣詩人を、国家から排除すべき理由が論じられる。さらに、詩的模倣が立派な人々をも感情に溺れさせ、道徳的な自制を失わせるという最大の弊害が示される。
- §10.607-10.608
詩作追放の弁明と魂の不死をめぐる問い
ソクラテスは、模倣詩が魂に及ぼす害を考慮し、その有益性が合理的に証明されない限りは国家から遠ざけるべきだと論じ、その後、魂の不死と美徳に対する最大の報酬についての新しい議論へと移行する。
- §10.609-10.610
固有の悪と魂の不死性の証明
ソクラテスは、すべてのものに固有の「悪(害)」のみがそのものを滅ぼしうると論じた上で、魂固有の悪である「不正」等の悪徳は魂を滅ぼすことができないため、魂は不死であると主張する。
- §10.611
海神グラウコスの比喩と魂の本来の姿
魂が何ものによっても滅ぼされないことからその不死性が証明される。本来の純粋な魂の姿は、身体との結合や地上の悪によって海神グラウコスのようにおおわれているが、理知と知恵を愛する本性(フィロソフィー)に目を向けることでその真実の姿を観察できることが語られる。
- §10.612-10.613
正義に対する神々と人間からの報酬
ソクラテスとグラウコンは、正義が魂それ自体の最大の善であることを再確認した上で、正義が神々と人間から生きている間および死後にもたらされる報酬について議論を始める。神々は正しい人を愛し、不正な人を憎み、正しい人には最終的に最善の結果をもたらし、人間社会でも正しい人は最終的に勝利し、相応の報いを得る。
- §10.614-10.615
エルの神話と死後の魂の審判
ソクラテスは「エルの神話」を語り始め、仮死状態から蘇生したエルが冥界で目撃した魂への審判と、各々の生前の善悪に応じた十倍の報酬や罰を伴う千年の旅について述べる。
- §10.616-10.617
必然の紡錘と運命の女神たちの前での選択
エルは、救いようのない悪人たちがタルタロスへ引きずり戻される凄惨な場面を語り、その後、魂たちが宇宙の階層構造(「必然」の紡錘と天球の運行)に直面し、運命の女神ラケシスの前で自らの次の人生の雛形を選択する布告を聞く。
- §10.618-10.619
人生の雛形の提示と魂による選択の重要性
魂たちが選択するための多種多様な人生の雛形が提示され、プラトンは正しい選択をするための知恵と哲学の極めて重要な役割を説く。続いて、最初の者が思慮なく最大の独裁制を選んで後悔する様子が描写され、習慣だけで徳を持っていた天上の魂たちが陥りやすい失敗が明かされる。
- §10.620-10.621
魂たちによる生の選択と忘却の川からの転生
さまざまな魂が、前世の経験や好悪(オルペウスやアイアース、オデュッセウスなど)に基づいて新たな人生を次々に選択していく。その後、魂たちはダイモーン(守護霊)に導かれて自らの運命を確定し、忘却の平原でアメレース川の水を飲んで転生し、物語は思慮と正義を持って生きることの勧めをもって結ばれる。
