プルタルコス · Plutarch
倫理的徳について
On Moral Virtue
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底本
Plutarch. Plutarchi Chaeronensis Moralia, Vol IΙI. Vernardakēs, Grēgorios N., editor. Leipzig: Teubner, 1891.
原文データ出典
Perseus Digital Library · CC BY-SA (Perseus の利用条件による)
元ファイル: urn:cts:greekLit:tlg0007.tlg094.perseus-grc2
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翻訳と校閲
翻訳:Gemini 3.5 Flash(2026-05-22 公開)
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最終更新:2026-10-10・変更履歴の一覧
要旨
本作は、プルタルコスが道徳的徳の本質を明らかにし、魂における理性的部分と非理性的部分の関係性を探求した哲学論考です。著者はまず、情念を理性の変容とみなすストア派の一元論的な魂の理解を批判します。これに対し、ピタゴラスやプラトン、アリストテレスの説に依拠し、魂を理性的部分と情動的な非理性的部分に分ける二元論の正当性を主張します。実践的な理性が非理性的部分を調律するように中庸へ導くことで道徳的徳が形成されると説明し、節制と自制、あるいは不自制との心理的な差異を精緻に分析します。さらに、内的な葛藤の経験や人間の自己制御という事実そのものが魂の二重性を証明していると論じます。最終的に、徳の獲得において情念は根絶すべきものではなく、理性によって調和的に導かれることで有益な助けとなるという結論を導き出しています。
目次
12 チャンク
引用方式:section
- §1-2
道徳的徳の定義と先達の徳論の概観
道徳的徳の本質と、その魂における理性的要素との関わりを考察するにあたり、メネデモス、アリストン、ゼノン、クリュシッポスといった先達の多様な徳論(一元論と多様性)を概観する。
- §3
ストア派の魂の一元論批判と霊魂二分説
ストア派による魂の一元論(情念を理性の変容とみなす説)を批判し、ピタゴラス、プラトン、アリストテレスの説に基づいて、魂を理性的部分と非理性的(情動的)部分に分ける二元論的な理解の正当性を論じる。
- §4
非理性的部分の理性的服従と習慣による性格の形成
著者は身体の各部位や詩の中の感情描写、音楽、動物の調教などを引き合いに出し、非理性的部分が理性的部分に共感し、習慣(エトス)を通じて形作られることで性格(エトス)が成立するプロセスを説明し、魂を構成する能力、情念、状態の三つの要素を定義している。
- §5
智慧と思慮の区別と中庸による道徳的徳
著者は、自律的に存在する対象に関わる智慧(理論的理性)と、我々に関わる可変的な事象に関わる思慮(実践的理性)を区別する。思慮は非理性的な情念の運動を規定し、過剰と欠乏の中庸をとることによって道徳的徳を形成すると説明される。
- §6#1
調律としての徳の中庸と節制と自制の差異
徳は算術平均や混合物のような「中間」ではなく、音楽の調律のように非理性的な衝動を調和させ適度に落ち着かせるものであることが論じられ、さらに節制(調和的)と自制(葛藤的)の違いをプラトンの魂の神話などを引いて説明する。
- §6#2
放縦と自制心のなさの性質的な相違
放縦と自制心のなさ(不自制)の性質的な相違を、理性が情念に屈するかそれとも積極的に同調するかという観点から分析し、詩劇やアフォリズムの引用を交えながらその対照性を描き出す。
- §7#1
自制と節制の相違と理性的一元論の論駁
著者は、自制心と節制が異なるあり方である理由を、理性が非理性的部分を調和させ、内的な平和が達成されている節制の比喩を通じて説明する。さらに、情念を理性の瞬間的な転向と見なす一元論的見解(一元論的心理学)を、内的な闘争の直接的な感覚的経験に反するものとして論駁する。
- §7#2
思考の迷いと情念による理性の分裂と葛藤
理性的な部分の内部における葛藤は、異なる事柄に対する単一の思考の働きにすぎず、本来苦痛を伴わないが、情念(非理性的な部分)が理性に敵対するときにのみ、魂は二つに分裂し闘争と苦痛が生じることを論じる。
- §8-9
理性に順応する情念の働きとストア派の矛盾
情念が理性に自発的に従う調和の例(愛や羞恥)を通じて、両者が別個の原理であることが示される。ストア派は用語の言い換えによって情念を理性の判断の一部とみなそうとするが、実際の人間行動や定義における自己矛盾から、判断する部分と受動する部分の区別が不可避的に明らかになる。
- §10
過ちの同等性への反論と情念の強弱の差
すべての過ちが等しいとするストア派の主張に対し、情念や判断の強弱・多様性という具体例を挙げて反論し、ストア派の論者自身(クリュシッポスを含む)も事実に強制されて理性と非理性的な情念の区別を認めざるを得なくなっていることを指摘する。
- §11
魂の二重性と肉体と結びつく非理性的部分
プルタルコスは、人間が「自己を制する」あるいは「自己に負ける」という表現が成立するためには、魂の中に優れた理性と劣った非理性的な部分の二重性が存在しなければならないと論じる。また、肉体の生理的変化や獣の気質、身体的共感が、この非理性的な部分と肉体との密接な結びつきと、理性との本質的な違いを示していると説明する。
- §12
情念の根絶の否定と理性に調教される情念の有用性
理性の役割は情念の根絶ではなく、それを和らげ中庸へと導くことであると論じ、情念が徳を強める有益な助けとなることを、多彩な類比や引用を通じて明らかにする。
