底本
Plutarch. Plutarch's Lives, Vol. I. Perrin, Bernadotte, editor. Cambridge, MA: Harvard University Press; London: William Heinemann Ltd., 1914.
原文データ出典
Perseus Digital Library · CC BY-SA 4.0
元ファイル: urn:cts:greekLit:tlg0007.tlg005.perseus-grc2
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翻訳と校閲
翻訳:Gemini 3.5 Flash(2026-05-22 公開)
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最終更新:2026-10-10・変更履歴の一覧
要旨
ローマの第2代王ヌマ・ポンピリウスの生涯と、その偉大な治世を描いた伝記である。建国者ロムルスの失踪後、王位の空白による混乱のなかで、サビニ人の賢者であるヌマが市民からの強い要望を受けて王として迎えられる。武力による統治を嫌うヌマは、宗教的儀礼や法制度を導入することで、好戦的なローマ市民に敬神の念を植え付け、国家を平和へと導いていく。最高神官(ポンティフェクス)やウェスタの処女の制を定め、暦を改正し、職業別ギルドを組織して市民の融和を図る。彼の四十数年にわたる治世において、ヤヌス神殿の門は閉ざされ続け、イタリア全土に奇跡的な平和がもたらされた。最後に、八十歳を過ぎて穏やかな死を迎えたヌマの壮大な葬儀と、彼の教えが後世に及ぼした余波が描かれ、その類稀なる敬虔さと知恵が称えられて物語は締めくくられる。
目次
22 チャンク
引用方式:chapter.section
- §1.1-1.4
ヌマの生きた年代とピタゴラスとの関係をめぐる議論
ヌマ王が生きた正確な年代に関する諸説、およびピタゴラスとの交流をめぐる歴史的矛盾や記録の信頼性について議論する。
- §2.1-2.7
ロムルスの失踪と王位継承を巡る対立と空位期
ロムルスの急な失踪に伴う混乱とパトリキへの疑念、そして新王選出を巡るローマ人とサビニ人の対立と、それを防ぐためにパトリキが導入した暫定的な「空位期統治(メソバシレイア)」について記述されている。
- §3.1-3.7
ヌマ・ポンピリウスの選出とその徳性と出自
パトリキによる暫定統治への疑念から、ローマ人とサビニ人は互いに他方の陣営から王を選ぶことに合意し、サビニ人の賢人ヌマ・ポンピリウスが次期国王に選出される。ヌマはその卓越した徳性と哲学的な生き方、そしてタティウスの娘婿としての経歴が紹介される。
- §4.1-4.8
エゲリアとの婚姻伝説と神人交合をめぐる考察
ヌマが隠遁生活を送る中でエゲリアとの婚姻伝説が生まれたことを契機に、神々と人間との交わりの可能性についての哲学的・神話的な議論が展開され、最後には統治者が宗教的権威を装う政治的効用についても言及される。
- §5.1-5.5
使節の招聘とヌマによる王位受諾の拒絶
ローマからの使節プロクルスとウェレススが、ヌマに王位に就くよう要請するが、ヌマは自らの平和的な生き方や、ロムルスの悲惨な最期、そしてローマが軍事的な指導者を必要としている現状を挙げ、王位への就任を固辞する。
- §6.1-6.4
使節と親族によるヌマへの即位の説得
ヌマが王位を拒むのに対し、ローマの使節や彼の父親、マルキウスは、王として統治することは神への奉仕であり、両民族の和合と平和をもたらすための義務であると説得を試みる。市民の熱狂的な要望や吉兆の後押しもあり、ヌマへの引き受けの嘆願が続けられる。
- §7.1-7.5
ヌマのローマ到着と鳥占いによる即位
ヌマはローマに赴き、民衆の熱狂的な歓迎を受けた後、カピトリウムでの吉兆の鳥占いを経て正式に王位に就く。王となった彼は、ロムルスの護衛隊ケレレスを解散し、新たな神官職を設けるなどの国制改革を行う。
- §8.1-8.10
ヌマによる宗教的感化とピュタゴラスの影響
ヌマが好戦的なローマ市民をなだめるために宗教的儀礼や迷信を利用した経緯と、ヌマの施策や伝承(沈黙の尊重、無形の神への信仰、血を流さない犠牲など)がピュタゴラスの教義と深く結びついているとする様々な逸話を紹介する。
- §9.1-9.8
ポンティフェクス職の創設とウェスタの処女
ヌマによる神官職ポンティフェクスの創設、その名称の由来、および木橋の維持管理任務について述べる。また、最高神官の役割、ウェスタの処女の制、および聖火が消えた際に凹面鏡を用いて太陽光から再点火する技法について解説する。
- §10.1-10.7
ウェスタの処女の任期と特権および破戒への処刑
ウェスタの処女たちの奉献の歴史、30年間の任務の段階、および種々の特権について語られ、さらに処女性の誓いを破った者が受ける、地下室に生きたまま埋められるという酷烈な極刑の儀礼的手順が詳述される。
- §11.1-11.2
ウェスタ神殿の円形構造とピュタゴラス派の宇宙観
ヌマによるヘスティア神殿の建立が、大地の形ではなくピタゴラス学派が説く宇宙の形(中央に火がある)を模倣したものであること、またプラトンも晩年に同様の宇宙観を抱いたことを説明する。
- §12.1-12.7
葬礼の規定とフェティアレス神官の宣戦権限
ポンティフェクスとフィティアレスという二つの神官職の職能を、葬儀の規定や戦争の宣告プロセスを通じて解説する。また、使節ファビウスの不法行為がケルト人の侵入を招いた歴史的出来事に言及する。
- §13.1-13.7
天降る青銅の盾とサリイ神官団の創設
ヌマの治世に天から青銅の盾が降り、それを守護するための神官団(サリイ)が創設された経緯と、その名称や盾の形状の由来、工匠マムリウスの功績を語る。
- §14.1-14.6
レギアの建設と祭儀の掟およびピュタゴラス派との類似
ヌマはウェスタ神殿の近くにレギアを建設して神事に没頭し、市民が敬神の念に集中できるよう儀式中の労働休止制度を定めた。また、彼の掟におけるいくつかの象徴的行為(拝礼時の回転や着席)が、ピュタゴラス派の教えとも類似する深い意味を持つことが論じられる。
- §15.1-15.6
ヌマの奇跡の晩餐とゼウスからの雷の祓い法の伝授
ヌマの宗教的指導によりローマ市民は神話を信じやすくなり、ヌマが奇跡的な晩餐会を開いたという逸話や、アヴェンティヌスの丘でピクスとファウヌスを捕らえ、ゼウスとの掛け合いを通じて人身御供の代わりにタマネギや髪の毛などを用いた雷のお祓い法を伝授されたという逸話が語られる。
- §16.1-16.4
境界神の勧請と領土画定および農耕の奨励
ヌマは信義と境界の神殿を創建し、ロムルスが避けた領土画定を実施した。さらに、獲得された土地を貧民に分配して農業を奨励し、市民の品性を陶冶した。
- §17.1-17.4
職業別組合の編成による融和と父権の制限
ヌマはローマ人とサビニ人の対立を解消するため、市民を職業別のギルドに再編して融和を図り、また既婚の子女を父親の売却権から除外する法改正を行った。
- §18.1-18.4
ヌマによる暦の改革と閏月の導入
ヌマによる暦の改正と、一月および二月の追加や月の順序変更、さらには古代の諸民族における様々な一年の定義について説明される。
- §19.1-19.6
古代の十ヶ月制と各月の名称およびヤヌス神の意義
古代ローマの暦における当初の十ヶ月制の証拠と各月の名前の由来(特に三月、四月、五月、六月)を説明し、さらにヌマが一月を最初とし、軍事より市民政治を重んじて三月の地位を移したこと、およびヤヌス神の双面性の意味について述べている。
- §20.1-20.8
ヤヌス神殿の閉鎖とヌマの治世による全土の平和
ヌマの治世において、戦争の時に開き平和な時に閉じるヤヌスの神殿が完全に閉じられ続けたこと、およびヌマの徳と知恵がイタリア全土に平和をもたらし、プラトンの哲人王思想を具現化したことを描写する。
- §21.1-21.4
ヌマの子孫に関する諸説と穏やかな死
ヌマの子供や婚姻をめぐる歴史家たちの諸説と、娘ポンピリアの婚姻からアンクス・マルキウスへと至る系譜を紹介し、ヌマが八十歳過ぎに老衰で穏やかに亡くなったことを記す。
- §22.1-22.7
ヌマの葬儀と聖なる書物の埋葬および後継者たちの運命
ヌマの壮大な葬儀と、彼の著書が彼と共にヤニクルムの丘に埋葬され、数百年後に発見・焼却された経緯を描く。また、不敬な後継者たちの悲劇的な最期と対比させることでヌマの敬虔さを称える。
