底本
Suetonius. De Vita Caesarum Libri VIII. Ihm, Max, editor; Leipzig: Teubner, 1908.
原文データ出典
Perseus Digital Library · CC BY-SA (Perseus の利用条件による)
元ファイル: urn:cts:latinLit:phi1348.abo019.perseus-lat2
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翻訳と校閲
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最終更新:2026-10-10・変更履歴の一覧
要旨
本作品は、ローマ帝国の「四皇帝の年」に帝位に就いたヴィテッリウス(Vitellius)の生涯を描いた歴史的伝記です。物語は、彼の家系であるヴィテッリウス家の起源をめぐる相反する二つの学説の紹介から始まり、父ルキウスら一族の経歴、そしてヴィテッリウス自身の誕生と宮廷での出世を記述します。ガルバ帝によって下ゲルマニア総督に任命された彼は、極貧のなか現地に赴くも、兵士たちに大歓迎され皇帝に擁立されます。皇帝となったヴィテッリウスの治世は、ネロを模範とした放蕩、側近の寵愛、そして「ミネルウァの盾」と呼ばれる大皿に象徴される異常な暴飲暴食と残虐な処刑によって彩られます。しかし、東方やドナウ川流域の軍団が離反したことで、彼の支配は急速に揺らぎ始めます。一度は帝位を退こうとするも支持者に引き止められ、迫り来る敵軍を前にして逃亡を図るものの捕らえられ、民衆から数々の侮辱を受けながら悲惨な最期を遂げます。
目次
5 チャンク
引用方式:chapter
- §1-2
ヴィテッリウス家の起源と先祖の経歴
ヴィテッリウス家の相反する二つの起源説を紹介し、続いてプブリウス・ヴィテッリウスの4人の息子たちの経歴、特にルキウスのお世辞における驚くべき才能と、その逸話を記述する。
- §3-7
アウルス・ヴィテッリウスの前半生と下ゲルマニア赴任
ルキウス・ヴィテッリウスの死と葬儀、その息子で後の皇帝となるアウルスの誕生、少年期および三皇帝の宮廷での出世を記述する。また、ガルバによる下ゲルマニア総督への任命と、出発時の極貧、現地軍隊での大歓迎の様子を伝える。
- §8-11
皇帝擁立とローマ進軍および統治の開始
ヴィテッリウスが兵士たちによって皇帝に擁立された経緯と不吉な前兆、そしてオトの死後に彼が見せた無秩序なローマへの進軍、放蕩、およびネロを模範とした支配の始まりを描く。
- §12-14
ヴィテッリウスの暴飲暴食と側近の寵愛および残虐行為
ヴィテリウスの側近アジアティクスの寵愛、彼の異常な暴飲暴食と贅沢極まりない「ミネルウァの盾」の大皿、そしてかつての学友や金貸し、占星術師たちを躊躇なく次々と処刑した残虐な振る舞いについて描かれる。
- §15-18
各軍団の反逆と退位の試みおよびヴィテッリウスの最期
ヴィテリウスは東方およびドナウ川流域の軍団の離反に直面し、帝位退きの意思を示すも支持者らの懇願により思いとどまり、カピトリウムでフラウィウス派を制圧する。しかし、迫り来る敵軍を前にして逃亡を図るも捕らえられ、民衆から数々の侮辱を受けながら悲惨な最期を遂げる。
